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給湯室に行ったわたしは、すぐさまポットの電源を入れる。お湯が沸くのを待っていると、なぜかついて来た蔵地さんが話しかけてきた。
「以前話した地蔵の話なんですが……実はあれで全部ではなかったんです」
「……そうなんですか」
どういうつもりなんだろう、いきなりそんな話を始めて? 軽く受け流そうと思ったが、いつになく真剣な蔵地さんの目に怯んでしまった。
「あの地蔵が祀っているのは、この辺りの水に毒が染み出していた時の犠牲者……そうお話しました。しかし、彼らはただの犠牲者ではなかったのです」
口調もしっかりしていて、流暢な感じがする。 さっきまでの蔵地さんとは別人みたいだ。
「当時の人々は水を清めるため、土地神に生け贄を捧げました。自分たちが生き永らえるために、隣人の命を奪っていたのです。やがて祈りが通じたのか、水は人が飲んでも問題ないものになりました」
言葉が熱を帯びていく。蔵地さんの目は、どこか遠くを見ているようだった。
「だが、今度は疫病が流行り出した。人々は思ったでしょう。生贄として殺された人々、彼らが自分たちを祟っているのだと……さて、水本さん」
ここで言葉を切った蔵地さんは、改めてわたしの方を向いた。自分の喉が鳴る音が、大きな聞こえた。
「あなたはどう思いますか?」
この人は、一体何を言ってるんだろう。わたしに何を言わせたいんだろう。
「どうって……怖い話ですね、祟りだなんて」
「怖い……ですか」
しどろもどろになりながら答えるわたしに、蔵地さんは薄く笑った。嘲るような、諦めるような……そんな笑みだった。
「わたしは……もっと別のことが怖い。その他大勢のために殺された人々の怒りが、怨みがこんな石ころに鎮められてしまう……そのことの方が、ずっとね」
意味がわからない。お湯のことなんか放っておいて、その場から逃げ出したかった。
けれど、わたしの脚は根が張ったようになって動かなかった。
突然、お湯が沸いたことを示すアラームが鳴った。この場に似つかわしくない、甲高くて間抜けな音だった。
その音を合図にしたように、彼は表情を戻す。気弱で善良な、いつもの蔵地さんだった。
「変なことを聞いて、すみませんでした。忘れてください」
蔵地さんは軽く一礼すると、給湯室を出て行った。あとには、まだ固まったままのわたしだけが残された。
何だったんだろう……さっきの。
わたしは結局給湯室でコーヒーを淹れ、自席に戻ってきていた。
朝礼もまだなのに、今すぐ家に帰ってしまいたかった。
今日は変なことばかり起こる。ウォーターサーバと瓶と挙動不審な蔵地さん。お地蔵さんを巡る気味の悪い問答。気のせいかコーヒーの匂いまで、いつもと違うような気がする。
いけない。今日も作業が溜まっている。余計なことを考えている時間はない。やるべきことに集中しないと。
わたしはパソコンを起動する。その微かな音を聞きながら、カップを手に取った。まとわりつく不安を断ち切るように、一気に飲み干し
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