触らぬ地蔵に祟られて

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 わたしの勤める『第三製作所』は、10年前まで『吉田工業』という独立した会社だったそうだ。   どうにも首が回らなくなった結果、元の社員全員を継続して雇うことを条件に大手メーカーに買収された。わたしに事情を教えてくれた先輩は、身も蓋もなく『身売り』という言葉を使っていた。  これまで一国一城の主だった吉田社長の肩書きは『生産部門長』に変わり、本部から派遣されてきた和合『製作所長』の下に付くことになった。   当然のように、2人の相性は最悪。片や『全社水準』が口ぐせで、合理化を推し進めたい和合所長。片やこれまでのやり方を変えるつもりのない吉田部門長。  2人はそれぞれの部下を巻き込み、何かにつけて火花を散らしている。その度に仕事は滞り、より大きな全面衝突の危機が迫ってくる。そうなってしまえば、余所者のわたしも知らん振りはしていられないだろう。  だが、その危機はまだ実際に起きたことがない。一番大きな理由は蔵地さんの存在なのだ。          所長も部門長もわかっている。むやみに相手に突っかかったところで、話がこじれ仕事が溜まっていくだけだ。  だが、メンツと部下の目があるから自分からは引こうとしない。お互いに角を突き合わせて、相手が先に折れるのを待っている。  そんな時にちょうどいいサンドバッグが、蔵地さんなのだ。あらゆる面で正反対の2人だが、蔵地さんをバカにしているところだけは全く変わらない。  部門長は怒りを示すために、蔵地さんを怒鳴りつける。所長は軽蔑を表すために、蔵地さんへ嫌味を言う。攻撃の矛先をずらすことで毒気を抜き、その場が何とか和やかに収まるのだ。
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