触らぬ地蔵に祟られて

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 その日の朝も、お地蔵さんの周りは綺麗に掃除されていた。オフィスに入ると、蔵地さん1人しかいなかった。  彼ほどではないが、わたしも朝は早い。仕事の準備もあるが、それ以上にやっておきたいことがあるのだ。  蔵地さんは、この前導入されたウォーターサーバの前で作業をしていた。これの整備も彼の仕事だ。  うちの職場では、朝礼前に社員全員のお茶を淹れておく風習がまだ残っている。ただしその役割を担うのは、新入社員でも女性社員でもなく蔵地さんだ。  部門長曰く「ウチは実力主義だから」とのことだった。だからウォーターサーバの整備も、そのついでで彼の仕事になった。 「おはようございます、蔵地さん。朝からお疲れ様です」 「えっ……あれ、水本さん? お、おはようございます」  いやに挙動不審な様子でこちらを見た蔵地さんは、手に持っていた瓶を取り落とした。大きな音と共に、瓶は粉々に割れる。 「うわっ……しまった」  慌てて瓶の破片を拾おうとした蔵地さんは「痛って!」と声を上げた。指から血が出ている。 「ここはわたしがやりますから、蔵地さんは血を止めてきてください」 蔵地さんは先生に叱られた子どものような顔で「……すみません」と呟いた。 「それで……結局、これは何の瓶だったんですか?」  ホウキを使いながら尋ねると、絆創膏を指に巻いた蔵地さんは「え、いや……その」と再び動揺し始めた。 「無理に答えなくてもいいですよ? ちょっと気になっただけなので」  そこまで言ってようやく、蚊の鳴くような返事が返ってきた。 「……ウォーターサーバの消毒薬です」  いつもの整備の一環だったのか。なら、もっと堂々とそう言えばいいのに。蔵地さんがナメられるのは、そういうところのせいかもしれない。  いや、そんなことよりも気になることがある。 「この消毒薬って……入れてしばらくはサーバが使えなくなったりします?」 「飲むんですか!?」  思っていたより食い気味な答えに、面食らう。 「ダメなんですか? だったら、貼り紙とかしないと……」  上の方を見て考え込んでいた蔵地さんから答えが返ってくるのには、またしばらくの時間がかかった。 「いや……大丈夫だったかと」  よかった。さっそくサーバに歩み寄る。給湯室から持ってきた電気ポット一杯に水を入れた。  わたしは最近、始業前にコーヒーを淹れることを楽しみにしている。  蔵地さんが全員に淹れてくれるお茶は、味が薄いことも多い。それに、わたしはお茶よりコーヒーの方が好きだ。1日を始めるにはこっちの方がいい。
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