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カーミラ登場
伯爵が俯いてとぼとぼと城の長い廊下を歩いていると、午後二時を知らせる鐘の音が鳴った。
(二時か……。にじ……二時!? まずい!)
急いで帰らねばと顔を上げると、目の前に腰に手をあててふんぞりかえっている妻の姿を認めた。
「ヴラドっ! 昼間からなにをしているのですっ!?」
波打つ銀色の髪と赤みがかったオレンジの瞳に太陽の光が当たりきらきらと輝いている。普段はくりっとした目を若干吊り上がらせて怒っている顔も美しい。
「ああカーミラ、会いたかったよ。愛しい我が妻よ!」
「ごまかさないでっ。」
「ごめん。」
*
カーミラは昼に起床する。
起きると、いつも横に寝ている夫の顔を見て頬にキスをしてから身支度をするのが日課だ。そしてホットチョコレートを飲んでから仕事を始める。
日が沈んでから起床する夫と長い夜を楽しんでから仕事の引き継ぎをし、真夜中に眠る。
カーミラ印の美容器具と化粧品とヴラド印の宝飾品を取り扱う商会は、毎日盛況なのである。
そして明け方に眠りにつく夫とは夕方から真夜中までしか顔を合わせない。だからカーミラにとって愛する夫の寝顔をゆっくり見られる昼は至福の時間である。百年一緒にいても見飽きない。
なのに今日は起きるとドラキュラがベッドにいない。驚きのあまり心臓が止まりそうになったカーミラは必死に夫を探し回っていた。
*
「灰になったかと思っていたじゃないの。」
「心配してくれてありがとう。」
伯爵はにっこり微笑んでカーミラの手を取り、甲に口づけを落とした。
カーミラはほんのり赤くなって照れ笑いをする。明るい城の廊下で見る夫は驚くほど美しくて新鮮だ。
「ご無事ならよかったけれど……。どういうことなの?」
「帰りの馬車の中で説明するよ。さあ、帰ろう。早く帰ろう。」
遠くから白雪姫と小人たちの宴会の音が聞こえるが、ドラキュラ伯爵は逃げるようにカーミラの手を引いて城を後にした。
*
「まあ女王陛下ったら、私の大切な夫になんという役目を言いつけるのかしら。あのわがまま白雪姫の相手だなんて。」
馬車の中、二人は手を繋いでぴったりとくっついて座っている。カーミラは今朝からの出来事を聞いて、あからさまに嫌な顔をした。
「ああ、それは諦めていただけたが、今度はバジーレ王国への使者に任ぜられた。」
「あら、じゃあ私も行くわ。」
「え。でも今回は外交で行くのだよ。」
「歓迎会とかあるでしょ。社交界はパートナーと行動を共にするのが常識でしょう? ……あなたのパートナーはだあれ?」
カーミラは人差し指でドラキュラ伯爵の顎を掬い、自分の顔に向かせた。
「カーミラ、あなたです……。」
「うふふ、任せて。うまくやるわよ。」
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