カーミラ登場

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 女王から勅命が下ってから二週間後、ドラキュラ伯爵と妻のカーミラは馬車に揺られていた。他国に使者として行くにしては急ごしらえの使節団である。  それでも女王は「早く行け」と急かしてきた。  ヴィルドゥゲン王国は広大な国土を誇る大国だ。  南には海が広がり、東にバード王国、その横にバジーレ王国、そしていくつかの小国が隣接する。  バジーレ王国にはいくつかの街と森を抜けて二十日ほどの行程だ。  *   「私は交渉ごとは苦手なんだ…。」  ドラキュラ伯爵は性懲りもなくぶつぶつと文句を言う。準備をしてきた二週間も、ずっと女王に『他に適任がいるのでは』と進言したが無視された。ちらりと見た外務大臣もそっと目を逸らしたし。  女王の名代としての訪問だというのも気が重い。  旅の隊列も仰々しく、先頭にヴィルドゥゲン王国の旗を掲げた騎士が二人と護衛騎士が四人馬に乗って先導し、四頭だての豪華な馬車に伯爵夫妻と伯爵の側近とメイド、その後ろに騎馬隊に左右挟まれる形で三台の馬車が連なる。その馬車には文書を携えた文官と何人かの従者、バジーレ王国への贈り物や夫妻の荷物が乗せられている。  その後ろにはまたずらずらと騎馬隊が続く。 「いいじゃない。旅行だと思って楽しみましょうよ、すごくいい馬車だし。こんな体験、滅多にできるものじゃないわ。」  カーミラはふかふかで赤いビロードのクッションを抱えて楽しそうに外を見ている。 「それにしてもご主人さまが国外に出られるのは珍しいですね。」  ドラキュラ伯爵の側近が声をかける。ちなみにこの側近は吸血鬼ではないが、代々伯爵家に仕えている。   「それはそうだ、私は夜しか動けなかったのだから。」 「昼も動けるようになってよかったですね!」 「うふふ、私も昼間のデートに憧れていたから嬉しいわ。」 (よくないっ。)  吸血鬼としてのアイデンティティが崩れ落ちていく。  目の前でにこにこ話す側近とカーミラに怒鳴りたい気分ではあったが、ぐっと堪えた。 (ほんの半月前まで自由だったのになあ……。)  伯爵は遠い目をして車窓を見た。 (それに夜のうちに霧となり飛んでいけば馬車に二十日間も乗る必要はないのに。)  今回は正式な使者ということで形式に則らなければならないし、吸血鬼だということは伏せてある。    めんどくさいことだ。
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