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ドラキュラ登場
《なにか美味しいものでも食べれば機嫌がなおるのでは?》
「すでにやっておる。」
《新しいドレスを作るとか。》
「馬車二台分持ってきておる。」
《舞踏会でも催せば。》
「まだ社交界に出る資格がない。」
この国では王女や令嬢が社交界にデビューするのは十六才になる年。姫はまだ十四才になったばかりだ。
「気晴らしにはいいだろうがな。」
《……誰か適当な相手を紹介してはいかがですか。》
女王は、はたと身を起こして鏡の中の顔を見た。
「適任はおるのか? 並の者では務まらぬぞ。」
《うーん、まあ。とりあえず召喚しますね。》
鏡の中が怪しくゆらめき、水面のように波打った。そして鏡の前の石の床に青い炎のように立ち昇る輝く輪が現れ、その中に一人の男が現れた。
全身を黒い衣装に包んだ美しい男が胸に手を当てて恭しく頭を下げる。
「おお、わざわざ呼び立てて申し訳なかったの、ドラキュラ伯爵。」
「女王陛下にはご機嫌麗しく、お呼びいただき光栄の至り。」
黒くさらりとした髪の毛を後ろで一つに結び、赤みを帯びた黒い瞳が陶器のような白い肌の美しい顔を引き立てている。
男が纏う洒落た黒い衣装は、襟や裾は小さな真珠と金の刺繍で飾られた気品のあるものだ。胸元には鳩の血のように赤く大きなルビーとそれをとりまくガーネットとダイヤモンドが輝いている。そして艶めいた黒いマントがひるがえす。
「何用でしょうか?」
「白雪姫を口説いてほしい。」
「は? イヤです。」
「なぜじゃ。」
「あの白雪姫でしょう? と言うか隣国バード王国の王子と婚約しているでしょう。」
「喧嘩して帰ってきたのじゃ。」
「……仲直りさせたら良いではないですか。」
「……気が進まぬ。」
「なんですか、それは。」
「こちらにも事情があるのじゃ。」
「それはわかりますけど。」
「そなたが血を吸えば思い通りになるのだろう?」
「あの姫がなりますかねぇ。あまり吸いたくもないですけど……、どちらにせよ未成年の血は吸わないことにしているんです。それに私にはカーミラという可愛い妻もいますし、王女の相手として伯爵の位では不釣り合いです。……ああそう、カラバ侯爵がいらっしゃるではありませんか。長靴を履いた猫を従えた侯爵が。白雪姫も猫がいた方が心を開くんじゃないですか?」
「カラバ侯爵夫人には姫の話し相手になってもらえるよう頼んだ。従姉妹だしな。」
カラバ侯爵夫人の父親は先々代の国王、女王の亡き夫の兄にあたる。
義兄は王女を残して夭折し、弟が位を継いだ。それが女王の夫である先代の国王だ。女王にとってカラバ侯爵夫人は姪にあたる。
姪の夫に「娘を誘惑してくれ」とは言いづらい。
「夫人とはすぐに喧嘩してしまった。昔から仲は良くなかったからな。」
「それは残念でしたね。」
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