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ピピピピピピピピピピ
遮光カーテンからうっすらと光が差し込む部屋に不快な電子音が響く。気怠く羽毛布団から右手をそろりと伸ばし、真菜はスマートフォンに触れる。寝ぼけたまま二度失敗し、三度目でやっと騒音を止めることに成功した。自分を守るようにぎゅっと羽毛布団の中でまるまって、祈るように真菜はそっとスマホの画面に触れる。
来ていない。
鈍いブルーライトが真菜を絶望に叩き落とす。
苦しかった。苦しくて仕方なかった。
痛いなら痛いまま見てしまえ。
冷たい指先で緑色のチャットアプリをタッチする。
やっぱり来ていない。
真菜を唯一この痛みから解放してくれるメッセージは夜の間に届いていないらしかった。
適当にスマホを羽毛布団にほっぽり出すと、真菜は仰向けになって小さく呟く。
「消えたいなぁ」
死にたいんじゃなくて消えたい。
元から何もなかったように消えたい。
でもいくら願ってもそんなことが叶わないことも、今までの幾度とない絶望が知っていた。
真菜は人を傷つけるのがとても怖かった。
物心ついた時には既に、寝る前に今日の自分の言動を振り返っては後悔するようになっていた。
今日のあの言葉はあの子を傷つけたんじゃないだろうか
あの子の笑顔がいつもより翳ってたのはわたしのせいなんじゃないか
考えるほどそんな気がしてきてどうしようもなく申し訳なくて謝りたくなる。そんな葛藤はスマホを持ちSNSで友達と繋がるようになると真菜をあっという間に飲み込んだ。
チャット、DM、位置情報、既読、未読、フォロー
自分が友達に発信した全てが文字となり履歴となり残るSNSは、真菜にとってまるで消えることのない犯罪歴のようなものだった。自分がどんな言葉を他人にかけ、他人がどう反応したかについて、真菜は長い時間が忘れさせてくれるその時まで永遠に考え続けてしまう。考え、そして悔やみ続ける苦痛から逃れたいからといってSNSを辞める訳にはいかない。幼い頃のように口約束だけで回る人間関係はとうに過ぎ去ってしまったからだ。
今朝も同じだ。
真菜は一週間前に友達に送った言葉を悔やんでいた。きっと他の人から見ればなんてことのない言葉。だけどいつもは二、三日で返信してくるその子がもう一週間も返信してこないというだけで真菜は悔やみ続けていた。
怖い。傷つけていたらどうしよう。嫌われてしまったらどうしよう。
自分の味方をしてくれるように暖かい羽毛布団を這い出て、真菜は学校の準備をする。
弱くて、誰かを傷つけてばかりのわたしを消して。
そう願いながら真菜は自分に罰を与えるように右手の甲を強くつねった。
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