第2話 ペンネーム捜査

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第2話 ペンネーム捜査

 叫んでいた私の視界が暗転したかと思った矢先、バッと上体が起きた。  目の前に広がるのは中世ヨーロッパ風の異世界ではなく、昭和感漂う純和風の部屋だ。 「はァはァ」  卓上時計は、午前六時を伝えている。 「夢?」  鮮明すぎる嫌な夢だった。  普段の起床時間より早いが、二度寝する気分にはならない。制服に着替えて一階に下りた。  神主さんの奥さんが朝食の支度をしているらしく、味噌汁のよい香りがする。 「あら、早いのね」 「あの、おばさん……翼は見つかりましたか?」 「……」  反応と表情で、まだ見つかっていないことを悟った。 「この時間はうちのひとが本殿で朝の祈りを捧げているの。妃菜ちゃんは神社が好きみたいだし、朝食ができるまで散歩してきたら?」  『余計なことは聞くな』ということだろうか。素直に従って、私は隣の鳥咲神社に行った。  太陽は昇っているが、まだ陽射しは熱気に満ちていない。風も湿り気が弱くて気持ちがいい。  祈る声が聞こえてきた。  昼間は閉まっている賽銭箱の後ろの雨戸が開いていて、渡り廊下の先の畳張りの部屋に座る神主さんの背中が見えた。  同時に、我が目を疑った。  神主さんの前にはひな壇があり、中央には鏡が、その左右には何体もの日本人形が並べられている。人形たちは全て赤い着物を着ているが、模様は異なる。  丁寧な手仕事で縫われたものということは、その模様の細かさから見て取れた。  鳥咲島の土地の神様を祀る神社らしいし、神聖な由来はあるのだろうが、正直――不気味だ。夜に見たくない。 「あ、だから普段は雨戸を閉めている?」  何となく納得した私はそれ以上眺めている気分にもなれなくて下宿先に戻り、朝食の時間まで自分の部屋で待機することにした。  階段を上ると、古い木がしなる音がした。  まるでその音に反応したかのように二階の廊下の奥の襖が開いて、制服姿の奈々子が出てきた。顔色が悪く、体調が悪そうに見える。 「奈々子、おはよう」 「あ……うん」 「元気ないね。体調が悪い?」 「ううん。その、嫌な夢を見て」  夢? 「それって――」 「奈々子~。今日は当番でしょう? そろそろ起きなさいよ~」  言い終える前に神主さんの奥さんの声に邪魔をされた。 「お母さん、起きてるよ!」  ドタドタと階段を下りた奈々子は、朝食を済ませるとさっさと出掛けてしまったから、私は質問するタイミングを逃した。  私も登校して、席に着き、ぼんやり外を眺めながら翼のことを考えた。  一年生の教室は三階で、窓越しに海が見えた。波が穏やかで、太陽の光を浴びてキラキラ輝いている。  HRの開始を知らせるチャイムが鳴って皆が着席した後、百乃の席が空いていた。  百乃は寝坊癖がある。HRに間に合わないのは珍しくないが、あんな夢を見てしまった後だから気になった。  少し待っていると担任が教室に入ってきた。今年都会から戻ってきたらしい、鳥咲島出身の若い男の先生だ。  イケメンイケメンと一部生徒たちに騒がれている先生の表情が、いつになく暗い。  先生が発した言葉に、我が耳を疑った。 「今朝……真田百乃さんが……亡くなりました……」  百乃が?  心臓がバクバクして、机の上に置いた拳が震えた。私は震えを止めようとして拳にギュッと力を込めた。  教室がざわついている。  クラスメイトの誰かが、震える声で切り出した。 「先生、百乃はどうして死んだんですか!?」 「心臓発作です。下宿先の方が起こそうとして発見しました」  夢の中で百乃はモンスターに食べられた。そして現実では亡くなった。偶然だろうか。  ふと顔を上げると、窓側の最前列の席に座る長い銀髪の美少女――秋宮水連が私を見ていることに気付いた。  クールな一匹狼で、喋ったことはない。――現実世界では。  夢の中で私を止めた彼女が、こちらを見ている。たまたまだと思いたくて、目を逸らした。  けれども彼女は、HRが終わるなり私の席にやってきた。 「妃菜」 「……何?」 「HRのとき震えていたわね」 「百乃のこと、ショックだったから」 「親しかったイメージはないのだけど」 「まだ出会ったばかりだし、関わった時間は短いけど、私――」  言い掛けて止めると、水連は腕を組んで言った。 「夢で見た?」 「え?」 「お茶会をトカゲが襲撃して、あなたはわたしに止められた?」  水連が淡々と言うものだから、戸惑った。同級生が死んだのに悲しんでいるようにも、夢の件で怖がっているようにも見えない。 「百乃は――」 「食べられたわね」 「水連……で、合っているよね? 名前」 「ええ」 「私たち、同じ夢を見たってこと?」 「そうなるわね」  水連と喋っていると、後ろで聞き耳を立てていたらしい奈々子がフラフラした足取りで近付いてきた。 「私も近くの建物から見ました。百乃ちゃんが……食べられるところ」 「つまり三人とも同じ夢を見たってこと?」  私たちは顔を見合わせた。  普通に考えたらそんなことあるわけないが、偶然と片付けるには無理がある。  そこで私は、二人に打ち明けることにした。 「夢の中の世界が、そっくりなの」 「何にそっくりなのかしら?」 「翼が書いている『プロダナ・ネヴィスタ』っていう小説の世界に」 「ど、どういうことですか?」  奈々子は眉が垂れて上目遣いになっている。 「翼に小説を読ませてもらったことがあるんだけど、あのお茶会は三話。本当は主催者のエレノアが襲われるはずだったのに展開が変わった」 「どうして変わったのかしら?」 「多分だけど、百乃が自分に割り当てられたキャラクターの行動とは違う行動をしたから」 「というと?」 「多分百乃はプラムってキャラクター役で、プラムはあのお茶会では嫌味を言われても言い返さずに我慢しているだけなのに、百乃は――」 「怒って平手打ちした」 「そうだよ。しかも本来の立ち位置とは違うところに走ってモンスターのターゲットになった」 「そしたら死んでしまったのね」 「そういう表現はやめてよ……」  ズバッとした物言いに心が痛くなったが、水連の言う通りだ。  百乃がプラムの立ち位置から動かなければ、モンスターに襲われることはなかったのかもしれない。 「わたしたちが夢を共有した理由があるのかしら?」 「あるとしたら翼が関係していると思うけど」 「今日も同じ夢を見たり、しないですよね?」  『ない』と言い切りたいが、初めてのことなのでわからない。 「翼がいなくてなって、百乃が亡くなって、そんなのおかしいよ」  私は机に両肘をついて頭を抱えた。 「妃菜、あなたは翼の小説を何話まで知っているの?」 「三話までだよ。続きは今度読ませてもらう約束だったから」 「続きを確認できないかしら?」 「どうして?」 「だって今夜も睡眠転生した場合、四話が舞台になる可能性が高いわよね? 展開を知らなければ自分がどう動けば安全なのかわからないじゃない」 「睡眠転生って何?」 「他に言いようがある? 眠っている間に異世界に行ったのよ」  私は翼の小説を確認する方法を考えた。見せてくれた媒体はノートだった。普通に考えればノートは翼の下宿先にあるだろう。 「翼の下宿先って、今大人たちが集まっているよね?」 「そうね。通学中に見たけど、色々な人が集まっていたわ」  鳥咲島には警察署がない。だから翼のことは警察が探すわけではなく、島民たちが探す。下宿先が捜索隊の拠点になっているのだ。 「今は下宿先でノートを探すのは難しそうだね」 「でも今日のうちに知っておきたいわ」  そのとき私の頭に、パッとアイデアが浮かんだ。 「小説投稿サイト!」  きょとんとしている二人に向けて、私は説明した。 「翼は知り合いのお兄さんにパソコンを借りて、小説投稿サイトで公開していたの」 「四話以降が更新されていたら――内容を確認できるってことね」 「そういうこと」 「パソコンを使えるのは大人しかいません」  奈々子の言う通りだ。皆スマホもパソコンも禁止されている。 「翼の知り合いのお兄さん――倉澤さんの家に行って、貸してもらおう」 「でも、怪しい人ではない……ですよね?」 「うーん。私もあんまり知らないけど、多分大丈夫だと思うよ」 「怪しい人だったとしても、わたしと妃菜と奈々子の三人で行けば問題ないわ」  水連の言葉に、私はコクンと頷いた。  放課後――  私と水連と奈々子は、倉澤さんの家に行った。 「女子高生三人が何の用?」  私たちに気圧されたのか、玄関のドアノブを掴んだまま倉澤さんは一歩後退した。 「倉澤さん、パソコン貸して!」  一歩踏み出して、私は両手を合わせてお願いした。 「パソコン?」 「翼の小説を読みたい。履歴から調べられるよね?」 「あー……うん」  歯切れの悪い言葉の意味は、書斎に入ってからわかった。  翼はデスクの上にある複数のパソコンのうちの一つ、赤いノートパソコンを使ったらしい。  私と水連と奈々子は密着して画面を覗き込んだが、履歴は見事に空っぽだった。 「これ、本当に翼が使ったんだよね?」 「ああ。でも履歴を削除したらしい」 「何でわざわざ」  私は画面を見ながら溜め息を吐いた。 「万が一俺の家にきてるのがバレた場合に、小説のことを隠すためじゃないか」  用心深いな。  翼が小説投稿サイトの予約投稿機能を使っていれば未公開の原稿も確認できるから、履歴を辿ってログインしようと思った。  IDとパスワードがパソコン上に記録されていれば、翼でなくてもログインできるから。  これがダメなら他の方法を選ぼう。  私は検索バーに『プロダナ・ネヴィスタ』と打ち込んで検索してみたが、関係ないサイトしか出てこない。 「検索しても出てこない。違うタイトルで公開したのかな?」 「または投稿準備はしたけど公開日は先という可能性もあるわよ」  どちらにせよ手詰まりだ。 「翼ちゃんのペンネーム、知らないのか?」  倉澤さんに尋ねられて、私は腕を組んで考えた。  ノートを見せてくれたとき、一ページ目の端に名前が書いてあった。確か苗字の部分は『十五夜』だったが、名前のほうが思い出せない。 「十五夜……中秋の名月……秋……団子……月見……」 「妃菜ちゃん?」  オドオドしている奈々子を無視して言葉を連想しているうちに、ピンときた。 「十五夜巳月(じゅうごやしげつ)!」  思い出した。 「あった!」  ペンネームを検索してヒットしたのは、エブリデイノベルという小説投稿サイトだった。  公開されている小説のタイトルは『魔法学校の花嫁候補』となっているが、掲載されているあらすじは『プロダナ・ネヴィスタ』そのものだった。 「四話が今日の一五時に更新されているよ」 「予約投稿機能を使ったということね」 「ここからログインできないかな?」  ログイン画面を表示してみたが、IDとパスワードは記録されていなかった。  試しにいくつか翼っぽい内容を入力してみたが、エラーになる。 「仕方ないわ。四話だけでも読んでみましょう」  水連が画面を指さした。私はマウスを動かして四話を開いた。  私たちは画面の文字を食い入るように追った。四話は魔法の練習や談笑のシーンだけで、何のトラブルもなく進む。  わかりやすく安堵したのは奈々子だ。先程までとは全然違う明るい表情になっている。 「やっぱり主人公のイザリス視点だね。つまり私視点で進む」 「私はティリーというキャラクターだから、四話では妃菜ちゃんに挨拶す るだけみたいです」 「わたしは夢の中でモネってキャラクターだから、奈々子と同じで妃菜に挨拶するだけね。それにしてもこの名前、睡蓮にかけたダジャレかしら」  女子高生たちの後ろで空気みたいだった倉澤さんが、そこでいきなり割り込んできた。 「夢の中って、どういうことだ?」  そうか彼は事情は知らないから、翼の手掛かりを探して小説投稿サイトを探っていると思っているのか。 「翼の小説ってクラスメイトたちがモデルみたいで面白いなって」  適当に誤魔化して、私は大きく伸びをした。  天井の木目を眺めながら、翼のことを考え、最悪の状況が頭をよぎった。  鳥咲島の土地勘がある大人たちが見つけられないなら、翼はもう――  でも、そうだとしてもどうして?  生い立ちが複雑だし、胡桃にいじめられて辛かったから自殺した?  でも私が編入してからは何もされなくなったのに。 「妃菜」 「何?」  水連に呼ばれて、私は腕を下ろした。 「翼の下宿先に、一応立ち寄ってみる?」 「そうだね。何かわかったことがあるかもしれないし」
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