3人が本棚に入れています
本棚に追加
三十になったら
ああ。春だ。また春だ。やっと春なのに。大学生五年目の春が来た。彼女の沙也加は社会人になる。一生懸命励ましてくれるが、僕の心は晴れない。付き合い始めたばかりの高二の夏は未来が素晴らしいものだと確信していたのに。一向に上手くいかない。学業もバイトも交友関係も。生来の内向的な性格が災いしたのか、どれもこれも下手を踏んでばかりいる。
「バイト行かなきゃ」
コンビニバイトは十六時から。こんな川べりで呆けている時間はない。時間はないのに。気分は一向に晴れない。ただ一つの決断をしたからだ。本当は嫌だ。それでもそうしないとならない。これからのためなのだから。
道に置いていた自転車にまたがる。連絡しなきゃと沙也加にラインを送ってから自転車を漕ぎ出した。
『お花見をしよう』
ラインで送ったメッセージが頭の中に渦巻く。けじめをつけるために。これ以上、沙也加の負担になってはいけないんだ。
ここのコンビニのバイトも五年目に突入した。仕事ができるようになったかどうかは疑問だが、一年目よりは上達しているはずだ。それでもため息が出る。
「耕太くん、留年はショックだろうけど、あんまり仕事中にため息つかないようにね?」
「はい……」
先輩にたしなめられる。先輩は氷河期世代の人でずっとフリーターを続けている。そんな生き方もありだろうが、僕はやっぱり就職したい。先のことは分からないが、普通に卒業して普通に就職して普通に結婚するものだと思っていた。周りを見たらそれがハードモードであることも知ってしまった。
「僕、どうなるんですかね?」
「なるようにしかならないよ。君が駄目な訳じゃないさ」
先輩はお菓子の品出しをしながら励ましてくれる。この人は本当に楽しそうに仕事をする。楽しそうにしているから好かれているのだろう。僕にはとてもその境地に達する自信はない。
「ありがとうございます……」
あまり身の入らない仕事を終えて一人暮らしのアパートに帰り、コンビニ弁当を開いた。箸を取る前にスマホを確認すると沙也加からのメッセージが届いていた。
『いいよ。いつにする?』
『明日でいいかな?』
『いいよ。何時に?』
短いやり取りを続けながら、温めもしなかった弁当に取り掛かる。
明日は春分の日。明日で終わるんだ。
目にうっすら涙が浮かぶのが分かる。後悔するのは分かり切っている。変わらずに沙也加が大好きなんだから。
最初のコメントを投稿しよう!