三十になったら

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 翌日はイヤになるくらいに晴れていた。子供たちのはしゃぐ声もよく聞こえてきた。待ち合わせ場所のお城。桜の名所でこの時季には全国各地から花見客が訪れる。沙也加とのお花見は何回目だろう? ワンシーズンに二回も三回も行ったことあったっけ。 「浮かない顔してるね?」  俯いたまま待ち合わせ場所の橋に向かっていると沙也加の声が聞こえた。 「当たり前じゃん。留年なんて格好悪いよ……」 「そうかな? 留年してでも卒業したいっていう根性は格好良いと思うけどな」  沙也加はにこりと微笑みかけてくる。気にするなと言わんばかりに。 「そうだね。行こう」  出店の並ぶ道を歩きつつ桜を見上げる。桜は鮮やかに咲いてサッと散る。その潔さが今の僕には眩しく映る。 「お腹空いたね。焼きそば買おうよ」  沙也加は当たり前にお花見を楽しんでいる。気落ちしている僕を励まそうとしているのが、ありありと見えた。  焼きそば二つ。甘酒二つ。それを手にしてベンチに座る。 「美味しいね」 「うん……」  言わなきゃ。言わなきゃならないんだ。  甘酒をクイッと喉に流し込んで僕は覚悟を決める。 「ねぇ沙也加……」 「何?」 「僕ら別れよう……」  目に涙が滲んでいた。これは必要なことなんだ。沙也加のために。  沙也加は僕の顔をまじまじと見て真剣な顔をした。 「嘘だよね? そんなに辛そうな顔しているのに?」 「本当だ。僕は、僕は沙也加の足を引っ張りたくない。沙也加の人生の足枷になりたくない……」 「私、耕太が足手まといなんて言った? 足枷だなんて言った? 留年のこと、そんなに気にしているの? 私がそんなこと気にすると思うの?」 「思わない。思わないからこそだよ。これから沙也加は僕のことで無理をしたりする。僕じゃない素敵な人とだって出会う可能性もある。僕は沙也加の将来を制限してしまうんだ……」 「私は耕太が大好きなんだよ?」 「知ってる。僕も大好きだ」  沙也加は、ふうと息を吐いた。 「なんか思い悩んでるなと思ったらそういうことか。耕太は頑固だから思い直すこともないんだろうね」 「……沙也加が知ってる通りだよ」 「でもね、私もそんな簡単に曲がる訳じゃないんだよね。耕太の提案は受け入れよう。ただね、私達が三十歳になるときの春分の日、もう一度ここで会おう。その時にお互いのことがまだ好きだったらやり直さない? それでいいなら、その提案も受け入れてあげる」 「きっと忘れるよ?」 「ううん。忘れない。自信がある。その間に他の人と恋するのも自由だし連絡もいらない。ただ、その約束は耕太も私も忘れない」 「……分かった」 「うん。でも今日のデートはちゃんとしようね。一応最後のデートなんだからさ」
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