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どんよりとした空の下は荒涼とした景色が広がっている。朽ち果てた家屋、焦げた木材が散乱した岩棚、時折、吹く風は焦げた匂いとゴム、薬品が爆ぜた匂いを運んでくる。
興廃の景色は慣れっこだ。重要なのは、戦いを止めない事…
黒色の装衣を纏った少女は、目の前に立つ白色の敵を見据える。
「貴方の敗けだね“ダーク・ライト”」
「それは、何?自分達が絶対優勢で勝ち確定って事?“ホワイト・フィーリ”」
黒衣の少女は、穏やかな声を遮り、手近の大鎌を振り上げようとするが、力沸かず、崩れ落ちる。地面すれすれの視界を塞ぐ、清楚な白と相手の
“やれやれ、しょうがないですね”
を含んだアルカイックスマイルに苛立ちが加速した。
「クソ女のフィーリ、早くトドメをさせよ」
「汚い言葉遣いは相変わらずのダーク、でも、それが実に貴方らしい。だからこそ…」
白い少女の言葉が止まり、こちらを見つめる。その藍色の瞳は何故か、楽しそうに輝いた…
世界救済を宣言し、突如として現代社会に現れた異能の力を持つ者達、その先駆、存在の顔ともいうべき“魔法少女”のホワイト・フィーリが死んだ。
動画サイトには、お決まりの白い衣装をなびかせ、夜のビル群の中を飛ぶ彼女の姿が投稿された。動画が始まって数秒後…1発の銃弾(?)が彼女を貫き、儚げな表情を浮かべたフィーリが目を閉じ、天女のような穏やかな顔で舞いながら、都会のネオンへ吸い込まれるように姿を消した。
(?)と表記したのは、魔装防備をしている彼女達に現用兵器が通じない事は、もはや常識だからだ。
彼女、彼等が現れ、数年が経つ。
現実化してきた異能者達による犯罪、地域紛争に対する魔法少女達の介入行為、年端もいかない魔法、異能達の薬物依存問題、全世界の人間にチップを埋め込み、世界統一を狙った事象、一般の少年、少女を異能に変えようとした事件…
能力の使用を制限された達に代わり、最悪のBAD ENDを迎えそうな事変に対する即戦部隊の台頭など、
様々な戦いを通し、世界は異形者達との共生を進めて、安定に努めてきた。その矢先の死である。無敵の少女が死ぬ、これは、新たな戦いの始まり?それとも、一つの転換期…わからない。言える事は一つ
「一体、どうして…フィーリ」
警視庁異形対策課主任の“鈴木(すずき)”は広げた新聞を綴じ、ため息交じりに呟く。
「主任、例のホシ…取り調べです」
部下の“小沢”が待ってましたとばかりに声をかけてくる。ため息の最も強い原因を伴って…
彼の後ろには、拘束衣を着せられた少女が仏頂面で引き立てられている。
「とりあえず、話聞かせてもらおうか?元悪の秘密結社ゾットの女幹部ダーク・ライトこと“峰島 さお(みねしま さお)”」…
“ホワイト・フィーリを殺したのは自分だ”
そう言って、出頭してきた彼女の対応に、警察は慌てた。フィーリの存在は世界規模で知られており、彼女の死から多くの哀悼の声が上がっている。
もちろん、
“殺った奴を捕まえろ”
“殺せ”
と言う物騒な声もあり、これは一般層に留まらず、軍隊、国家レベルを担う人物からの発言まで起きてしまう事態に発展していた。
以前から何度も異能関係で辛酸を舐めた警察は、素早い報道統制と目立たない範囲での護衛を手配し(もっとも、すべては異能者達からすれば、全くの無駄だと思うが)
ダーク・ライトの“さお”を鈴木の前に引き出した次第だ。
(と言っても、こちらができるのは、形式的、いつも通りの調書をとるだけだが)
事前に提出された書類に目を通す。
峰島さお、現年齢19歳、数年前は悪の女幹部と言うより、敵側(人類にとって)の魔法少女をやっていた。どうやって力を得たか?などの組織との繋がりは一切不明…
公安や内閣調査室のような諜報部は把握しているだろうが、特に必要なしとの判断か、記載はない。
この取り調べはあくまで形式、今頃、真相に関する追及はあらゆる機関が担っている事だろう。
「まず、確認したいのは、世界救済少女所属のホワイト・フィーリ、本名不詳の彼女を殺したのは自分だと?間違いないな。峰島?」
慇懃な声にさおはコクリと頷く。フィーリを“魔法少女”と表記しなかったのは、恐らく目の前のさおと同じくらいの彼女を、鈴木からすれば、まだ少女だが、世の中的には“少女?”と呼ぶのか?に配慮したからだ。
「認めたな。よし、それでは次だ。こちらにある情報によれば、数年前の戦いでフィーリに敗れたお前は、能力を失い、一般人に戻った。この辺の流れは、他の敵側の敗北少女達に比べれば、比較的マシな方だな。そのまま普通の生活を送れば良かった所を、お前は、アンてぃ?アンチ?」
「…アンチ・オータ」
「そうそう、そのアンチ何たらと言う異能者に対抗するテロリスト集団に所属し、
活動を続けていた訳だな。今回の狙撃は、その活動が実った?と言う訳か?何故、
自首を?」
「…この施設は異能、魔法能力に、どの程度の対応を?」
「何?…」
「だから、この施設は…」
「もういい、あれだ。決して、最新とは言えないが、そうだな。昨今の異常事象に対する内閣府が提示し、備えられた程度の装備がある。これで、満足か?」
「そう、じゃあ…多分」
「なんだ?」
「先程、殺したという撤回は取り下げるわ。正確には消した。この世界から」…
「主任、あの消したって言うのは、今はやりの“異世界事案”じゃ?」
さおを取り調べ室に残し、休憩する鈴木に訳知り顔の小沢が割り込んでくる。
「トラックに轢かれたり、病院でこと切れた奴が別世界やら、煉獄みたいなあの世で楽しくやるって言うアレ、実在するのか?」
「こんな世の中ですから。実際、政府発表によれば、全世界の異世界探訪者数は
総人口の2割が体験していて、この世界に帰ってこれたのは0.5割とか何とか」
「この世界に辟易してる奴等の戯言だろうが、まぁ、実際に悪の組織の奴が言ったんであれば、本当かもしれんな。しかし…」
「こう考えてはどうでしょう?今の奴等の技術レベルじゃ倒せない異能連中を異世界に飛ばしたとか?噂によれば、異世界転生のプロセスも解明が進んでいるそうですし…」
小沢の話を聞く中で、鈴木自身もある程度の解釈が生まれてくる。もし、それが本当なら…
同時に嫌な予感もだ。さおが聞いた、この警察署の対魔設備…実際に攻撃を受ける事など想定はされていない。と言う事はつまり…
「小沢、県所属の機動隊を呼べ。すぐにだ」
鈴木の声に、小沢は鳩が豆鉄砲面で口を開けた…
無機質な取調室の壁を見詰める。あの刑事は自分の言った意味を理解してくれただろうか?
さおは一人考える。
ホワイト・フィーリ、世界を救済した魔法少女…
確かに彼女は素晴らしかった。年端もいかない少女が核弾頭級の力を手に入れる。その責任と言う重みを未発達な心と身体が背負い、正義と言う制約の多き立場の中で戦うのだ。
さおのように、自身の不満や欲求をただ破壊のために用い、暴れたのとは違う。敵ながらに抱いた感情は羨望、嫉妬…
戦いが進む中で、幾人も、正義を担う者達が精神を壊し、薬物を常用する魔法少女、変身ヒロイン達を見てきた。その中で、フィーリは只一人、正義の救済を続けていた。
だから、あの日、自分を見つめる藍色の瞳に、負けを認める事を誇りにさえ、思っていた。
崇高な存在に最後まで抗った悪…それを胸に引退しよう。命までは、とられない。
彼女達のスタイルはいつもそうだ。
フィーリの“だからこそ…”の言葉の続きを至福として、待つ余裕があった。果たして、彼女はゆっくりと口を開き
「この程度で壊れてもらっちゃ、困るよ?」
いつものアルカイックスマイルを崩さず、そう言った。
ホワイト・フィーリは“本物のイカレ”だった…
畏敬の心が戦慄に変わった瞬間、全身が無理やり回復され、直後にフィーリの強烈な蹴りが腹に見舞われる。
容赦ない一撃に悲鳴を上げ、地面を這い回る自分の手、足、あらゆる部位に、死なない程度の魔法光弾が撃ち込まれていく。
「ほら、ほら、何、呆けてんの?早く立ちなよ?君、悪の魔法少女でしょ?駄目だよ?これ位でへばっちゃ…ほら」
頭をブーツで小突かれ、髪を掴まれた後、すぐ立たされ、強制的な抱擁を強要される。
痛みに喘ぐ自身の頬に雪のような肌を摺り寄せたフィーリが静かに囁く。
「あ、震えてる。可愛いね。怖くて、たまらないって気持ち、儚く、今にも消えそうな鼓動が伝わってくるよ。みーんな、すぐに壊れていなくなっちゃう。残るのは、私だけ…嫌だよ。つまんないよ。だから、はなさない。はなさないでね。壊れても、治してあげる。私たちはずーっと一緒、貴方は残った最後の可愛い敵、ぜーったいに逃がさない」
狂気を帯びた藍色の目を至近で味わうのは、もう充分…
相手に回復された力を相手に使い、手中から逃れ、ありったけの力を用い、光弾を撃ち込む。
爆発の中で笑い続けるフィーリの最後を確認せず、その場を離脱した彼女は自らの能力を捨てるため、反社会組織に庇護を求めた。
数年の歳月は、組織の異能に対する技術を発展させるには充分な時間だった。だが、生き残り、活動を続ける彼女の狂気に際限はなく、
新たな自分の好敵手を作るため、自らの手で自らの敵を作る行為を始めた。その脅威を阻止するため、さおは再び戦いの道を選ぶ。
組織が開発した銃弾は相手の肉体を一度分解し、異世界にて再構成される道筋を作るモノ…倒せないなら、別の世界に飛ばす。
いつまでも戦える敵を探していた彼女にとっても良い選択だったと思う。
警察に出頭したのは、万が一の問題が起きた時に、世話になった組織に迷惑をかけないため。
そう問題なのは…
署内のあちこちで銃声と怒号、静寂が連続し、徐々に自身のいる部屋に近づいてくる。
ドアが開き、ニューナンブを構えた鈴木が、頭から血を流しながら吠える。
「逃げろ!さお」
直後に起こる爆発…倒れ伏した鈴木を押しのけた瞳の色は藍色…
「久しぶり、ダーク。向こうの敵は全部けーしたからさ。戻ってきちゃった。いわゆる逆転生?また、やろう?」
可能性はあった。最強スキルの状態で転生した相手が転生ボーナスで最強を得れば、どうなる?わかりきった結果…
だから…
鈴木が落としたニューナンブを拾い、薬室をスライドさせ、隠した銃弾を装填した。
「ダーク?」
「その名前は止めたよ。クソ女のフィーリ。じゃぁね」
飛べる世界はアトランダム、一体幾つの世界があるのか?全てはわからない。だが、好都合…消せないなら、自らが消えればいい。
さおはニヤリと微笑み、引き金を弾いた…
どんよりとした空の下は荒涼とした景色が広がっている。枯草と沼、わずかばかりの草地を目指し、歩く自身が纏う女性型甲冑はようやく、サマになってきた。
「ここでも、ダークを名乗ろうかな」
不意に、悲鳴が風に乗って、聞こえてくる。
見れば、この世界の女性が、枯草の間に出来た穴に落ちそうになっている。走り出すさおは一気に距離を詰め、女性の手を取る。
「大丈夫か?」
余程、怖かったのだろう。多分、同い年くらいの相手は引き上げた途端に抱き着いてくる。
「怖かったです。ありがとう、もう、はなさないで…」
何処かで聞いたフレーズに全身が総毛だつ。
藍色の瞳がこちらをまっすぐ見詰めていた…(終)
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