わたしはあなた

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「今までありがとう、アヤコさん」 「……本当に大丈夫なの?」 「うん。今は支えてくれる人がいるから」 「それなら良いけど」 「今まで本当にありがとう。アヤコさんが居なかったら今の私はなかったと思う。  でも、これからは自分の力で前を向いて生きようと思うから」 「そう。そこまで言うのなら、私はもう必要ないみたいね」 「……ごめんなさい」 「良いのよ。頑張って、ちゃんと幸せになってね」 「ありがとう。……ありがとう」 主である少女と握手を交わして、アヤコはその場を後にした。 母性的な優しい女性だった。 主も私も、ここにいる他の者たちも、彼女の優しさに救われてきた。 他人には言えないような醜い心も、アヤコになら安心して曝け出すことができた。 どんな言葉を投げかけても、決して拒絶せず否定せず優しく寄り添ってくれた。 理想的な母親のような存在だった。 それなのに、主は彼女のことをもう要らないと言った。 「ケンタくん」 「え? 俺?」 「うん。貴方も、今までありがとう」 「おいおい、俺もかよ。俺が居なくなったらまた馬鹿どもに虐められるんじゃねえの?」 「そうかもしれない。でも、これからは自分で立ち向かうべきだと思うから」 「そっか。まあ、お前がそう言うんなら仕方ねえな」 「ケンタくん守ってもらえてたから、私はこれまで学校でもやってこれたんだと思う」 「当たり前だろ。  俺が居なかったらお前なんて虐められて不登校にでもなってただろうよ。  あ、でもあの大人たちが居るから家にいるのも無理だったか」 「うん。せめて学校に居ることが出来たのはケンタくんのお陰」 「でも、これからは俺が守ってやらなくても良いってことなんだな」 「……うん」 「そっか。まあ、頑張れよ」 「ありがとう。今まで本当にありがとう」 主である少女の肩をポンと軽く叩いて、ケンタもその場を後にした。 気の強そうな少年だった。 少し喧嘩っ早いところもあるが、曲がったことが大嫌いな性格だった。 主が学校でイジメの標的になった時、彼は現れた。 虐めていた連中に殴りかかったり、椅子や机を投げたりして対抗した。 その暴れっぷりは周囲をひどく困惑させたが、それ以来イジメはピタリと止まった。 「ねえ、アヤコもケンタも消えちゃった。次はアタシかな」 私の隣にいたサナが不安そうに私に声を掛ける。 私も彼女もマリコもケンタも、皆、主である少女・マイを支える為に集められた存在だった。 何年もの間、私たちはマイを支え続けた。 辛くて泣いている時はアヤコが母のように寄り添い慰めた。 イジメに遭って苦しんでいた時はケンタが現れてマイを守った。 誰にも心を開けず寂しがっていた時に現れたのがサナだった。 見た目は派手だが、気さくで楽しい女の子だった。 彼女のお陰でマイは孤独に陥らずに済んだ。 「アタシも、もうマイには必要ないのかな」 「さあね。私はそうは思わないけど」 「でも……」 「サナちゃん」 困惑しているサナの前にマイが現れる。 申し訳なさそうに俯き、それでも懸命に前を見ようとしていた。 「今までありがとう。サナちゃんが居てくれたお陰で私は楽しい時間を過ごせた」 「でも、もう要らないの?」 「本当はいてほしいけど、今のまま皆に甘え続けることは出来ないから」 「アタシ、まだここに居たいよ」 「ごめん。ごめんね」 「うう……」 「今までありがとう。本当にありがとう」 マイがそっとサナを抱きしめた。 その手が離れると、サナは泣きながらその場を後にした。 残るは私だけだ。 「アイ」 「私は消えないよ」 「アイ……」 「貴女をマイでいさせたのは私なのよ」 「わかってる。感謝してる」 「私無しで“石木舞“という人間は成立出来ないのよ」 「それは……」 「どうせあの男に唆されたんでしょ? 貴女、昔から流されやすかったもんね」 「それは……!」 「ねえ、マイ。貴女、本当に自分の力だけでやっていけると思ってるの?  辛くなるとすぐ私に嫌な立場を負わせて自分は逃げてたクセに」 「う……」 「貴女より、私の方がよっぽどマイとして動いてきたのよ。  毎晩のように喧嘩する両親と過ごしたのも私。  父に叩かれていた母が貴女を叩くようになったら、  貴女に代わって私が叩かれてあげた。  離婚した母が新しい父を連れてきた時も私が対応した。  母が居ない時にあの男が──」 「やめて!」 「…………」 マイが頭を抱えてうずくまる。 泣いて震えていた。 私もその場にしゃがんで、そっと彼女の肩に手を置いた。 「ねえ、貴女ひとりでこんな現実に対応できる?  今まで私たちに押し付けてきた辛さを自分ひとりで乗り越えられる?」 「うう……」 泣き続けるマイをそっと抱きしめて、私は今度は優しく語りかけた。 「キツイことを言ってごめんね。  でも、幼い頃からずっと一緒にいたからこそ心配なの。  私はね、貴女にこんな辛いをさせたくないの。  私だから耐えられたけど、貴女はとても繊細だから」 「アイ……」 「だからお願い。これからも私に貴女を守らせて」 私はマイを強く抱きしめた。 彼女を自分に取り込むように、強く強く抱きしめた。
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