夫の思い

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夫の思い

「海外赴任中で、戻れるのは明日になります」  警官から報告を受けた単身赴任中の俺は、まだ生後数ヵ月の2人目の娘の事故死の報告に絶句し、次いで弱々しい声でそう告げた。下の娘とは、まだ2回しか会っていなかった…。  1年前、海外赴任を命ぜられたとき、俺は単身赴任の道を選んだ。治安があまり良いとは言えない国に、遺伝子検査技師という重要な仕事でキャリアを築いてきた妻と、有名幼稚園に合格し楽しく通園している娘を連れて行くことは憚られた。…正直、家族と離れるのはつらかったけれど。  それでも数ヵ月に一度は帰国しては、家族の時間を過ごしていた。そうするうちに妻は2人目の子を身ごもり、そのときには改めて、単身赴任でよかったと思ったのだ。医療の面でも、赴任先よりも自国のほうが安心だから。        ***  だがそれが裏目に出た。  妻は、慣れないワンオペ育児に疲れ果てて、寝落ちしてしまっていたという。その間に起きた事故は、疲れた母親を起こすまいという幼い娘の気遣いに端を発するもので。何ともやりきれない思いが募る。  通信を切り、会社に報告をして帰国手続きを進めながら、ふと呟きが漏れた。 「一緒にこの国で暮らしていたら、こんなことにはならなかったんだろうか…」
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