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「……どこ行っちゃったんでしょうね」
回覧板の名前に、定規を真っすぐ当てて線を引くことで消す。
この先も同じ名前のハンコが押されるはずだった、真っ白な四角い欄。
真っ黒な線が一本入って、居なくなったのだと確認する。
「……どこ行っちゃったんでしょうね」
「ですね」
線を入れ終え、連絡事項を挟んだボードを持って行ったところ。
そんなに親しくもない部屋の住人は、私と回覧板を見て消された名前を眺めてながら言った。
私の上の階に住む人物は、気さくで元気でマンションの集まりにも積極的に参加する良い人だった。
噂では、「荷物を残して今も行方が知れない」のだという。
「無事だと良いんですけどね。じゃ、ありがとうございます」
「はい、では失礼します」
ぺこ、と軽く会釈して自分の部屋へと帰る。
鍵を開けて、リビングに向かう。
机の上には仕舞い忘れたフィギュアが置いてあった。
それの見た目は、先ほど名前に線を引いて消した人物にそっくりだった。
「……まさかここには居ると思わないだろうなぁ」
指先でつん、と触ってみても動く気配はない。
こんなことをするつもりはなかった。
「いいやつだなぁ、欲しいな」と思ってしまっただけなのだ。
放っておけばマンションの人達も、親しい人達の記憶からも存在が消えて行くだろう。
「人間界への出張なんて面倒だと思っていたが、存外楽しいかもしれないな」
魔界には強い悪魔が居すぎるせいで、嫌々受けざるを得なかった仕事だ。
思わぬ土産を手に入れたことに口の端を上げながら、今日の報告をするのだった。
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