長谷川センセイ 16

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伸明も、また、ナオキと一緒だった…  「…そんなこと、どうでも、いいじゃないですか?…」  と、笑って言った…  「…それとも、長谷川センセイは、失礼ながら、お医者様だから、例えば、看護師の方たちが、自分より、威張っていれば、許せませんか?…」  「…それは…」  「…寿さんが、ボクに対して、どんな態度を取るにせよ、寿さんに、悪気はないのは、わかってます…長谷川センセイも、それは、ご承知でしょ?…」  「…それは、もちろん…」  「…だったら、いいじゃ、ないですか?…」  伸明が、明るく言った…  伸明が、あっけらかんと、言った…  そして、私は、これこそが、お坊ちゃま…  お坊ちゃまゆえの性格の良さだと、思った…  が、実際には、違うのかも、しれない…  ただ、生まれつき性格が、良いだけなのかも、しれない…  だが、どうしても、伸明が、金持ちのお坊ちゃまゆえに、金持ちと性格を、結びつけてしまう…  金持ちゆえに、苦労していない…  だから、性格がいい…  そう思い込んで、しまう…  そして、そんなことを、考えると、  …だったら、自分は、どうだ?…  と、思った…  自分、矢代綾子は、どうだ?  と、思った…  寿綾乃では、ない…  まだ、寿綾乃と名乗る前の、矢代綾子と名乗っていた時代は、どうだ?  と、思った…  すでに、何度も言ったように、私は、母と二人暮らしだった…  いわゆる、母子家庭だった…  ゆえに、生活は、楽ではなかった…  が、  だから、私は、性格がねじ曲がっている?  と、人から、指摘されれば、全力で、反論するが、本当のところは、わからない…  自分で、自分の性格は、決して、悪くないと、思っているが、それは、自分の評価…  あくまで、自分の評価に過ぎない…  他人の評価では、ないからだ…  そして、評価というのは、常に、他人が、するものだからだ…  自分が、自分にする、自己評価は、常に、得点が高い…  誰もが、自分のことを、悪く言う人間は、いないからだ…  だから、得点が高い…  そういうことだ(爆笑)…  だから、わからない…  自分のことは、わからない…  が、  だとすれば、どうしたら、自分のことが、わかるか?  考えた…  友達だ…  あるいは、付き合っている異性…  過去、現在、付き合っていた異性…  男なら、女…  女なら、男…  いずれにしろ、自分の周りにいる人物…  その人間が、どんな人間と付き合っているかで、その人間の性格が、見えてくる…  学校でも、会社でも、同じ…  おとなしい人間は、おとなしい人間とつるむ…  つるむ=いっしょにいる…  真逆に、ヤンキーは、ヤンキーとつるむ…  その方が、気が合うからだ…  その方が、楽しいからだ…  だから、いっしょにいる…  当たり前のことだ…  それゆえ、その人間の性格が見えてくる…  その人間が、どんな人間か、見えてくる…  そして、これは、友人同士でなく、男女の間も同じ…  いっしょだ…  だから、一見、おとなしそうに見えても、選んだ異性が、ヤンキーだったりする場合は、ホントは、おとなしくないのだろう…  そういうことだ…  また、一見、おとなしく見えても、いろいろなタイプがある…  おとなしく見えても、学校や会社で、つるまないのは、タイプが、微妙に違うから…  これは、ヤンキーもまた、同じ…  同じだ…  例えば、色でいえば、赤…  同じ赤でも、真紅なのか、桃色に近いのか、あるいは、オレンジに近い赤なのか?  いろいろある…  それと同じだ…  性格が、微妙に違う…  だから、一見似ていても、合わないのだ…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、そんなさまざまなことを、私、矢代綾子に当てはめれば、どうか?  考えた…  すると、一番、わかりやすいのは、目の前の伸明とナオキ…  二人とも、真面目で、おとなしい…  だから、私も真面目…  真面目で、おとなしいキャラで、間違いが、ない(爆笑)…  いや、  そもそもだが、五井の当主や、ナオキのように、IT企業を創業した社長が、真面目で、おとなしくないはずがない…  おおげさに言えば、少年院や刑務所に行きかねないような、バリバリのヤンキーが、名門の企業グループの御曹司や、IT企業の社長のはずは、ないからだ…  とりわけ、名門の企業グループの御曹司というのは、ありえない…  あるいは、百歩譲って、名門の企業グループの御曹司が、バリバリのヤンキーだったとする…  そうなれば、どうするか?  真っ先に、後継者の座から、外すだろう…  対外的に、その企業を象徴する座につけることはできないからだ…  例えば、わかりやすい話、天皇陛下を思い浮かべれば、いい…  天皇陛下は、日本を代表する人物…  その天皇陛下が、ヤンキー上がりでは、たまったものではない…  とてもではないが、他国に、紹介することは、できない…  なぜなら、ヤンキー上がりは、すぐにバレるからだ…  それと同じだ…  伸明のように、五井家の当主は、天皇陛下と、同じ…  天皇陛下が、日本を象徴する人物のように、伸明は、五井を象徴する人物…  だから、仮に伸明のような立場の人間になるので、あれば、ヤンキーでは、なれない…  一族が、排除するだろう…  それと、同じだ…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、そんなことを、考えていると、伸明が、  「…たぶん、藤原さんは、今、和子叔母さまの元にいると、思います…」  と、言った…  私は、一瞬、  …エッ?…  と、思った…  まさか、伸明が、和子の元にいるとは、思わなかった…  が、  しかし、だ…  さっき、この伸明は、和子が、ナオキの会社、FK興産の買収の買収を仕組んだと、言ったではないか?  そして、おそらく、それは、事実に違いない…  そして、事実なら、ナオキが、和子の元にいるのも、頷ける…  和子が、拘置所から、出た、ナオキの面倒を、見るのも、わかる…  ナオキが、和子にFK興産の株を売却した見返りに、ナオキの面倒を見たのだろう…  そういうことだ…  私を含め、FK興産の中で、すぐに、拘置所の中にいるナオキに対して、弁護士を派遣したり、拘置所から出たナオキに対して、クルマの用意をしたり、その先の手配をしたり…  具体的には、ナオキが、当面、身を隠す場所をすぐに手配できるような、やり手の人間は、思いつかない…  ハッキリ言えば、FK興産内で、すぐに、そんなことのできる人間は、思い浮かばない…  それは、別に、FK興産内の人間が、使えない人間が、揃っていると言っているわけでは、断じてない…  要するに、門外漢というか…  そんなことを、する人間がいないのだ…  従業員を千人も擁する会社だ…  当然、顧問弁護士もいる…  が、  今回のように、ナオキが、脱税の疑いで、逮捕され、マスコミの餌食になっている…  この状況で、うまく、マスコミを懐柔したり、なるべく、ことを荒立たせずに、穏便に済ますというか…  そんなことのできる人間は、一人もいないということだ…  顧問弁護士にしても、FK興産と契約している顧問弁護士は、当然、会社関係の業務を主として、契約している…  それが、今回のように、脱税の疑いで、逮捕されたのは、想定外…  いわば、畑違いの分野だからだ…  畑違いというのは、通常、弁護士にしても、専門業務がある…  いわゆる、刑事事件を主に担当しているか?  あるいは、民事事件を主に担当しているか?  さらに言えば、民事事件でも、離婚のような件を、主に扱っているか?    大きな会社と契約して、会社の運営に対して、意見を述べているか?  など、千差万別だ…  だから、今回のように、ナオキが、思わぬ形で、マスコミの餌食になった…  その窮地を救うことのできる弁護士は、FK興産内では、誰も、いないということだ…  そして、そんなことを、私は、考えていると、伸明が、  「…和子叔母さまは、藤原さんに、すまないと、思っているんだと、思う…」  と、伸明が、言った…  「…すまない? …どうして、すまないと、思っているんですか?…」  「…FK興産の買収の件です…」  「…それが、どうして、すまないと、思っているんですか?…」  「…寿さんは、知っているか、どうかは、わかりませんが、FK興産は、だいぶ前から、経営が、うまくいってなかった…」  「…」  「…それで、藤原さんから、個人的に、相談されたのが、きっかけです…」  伸明が、言う…  私に対して、申し訳ないというような態度だった…  なにやら、私に対して、下手に出ている感じだった…  私に対して、隠しごとをしていたのが、心苦しいのかも、しれなかった…  いや、  私に対してでは、ない…  おそらく、ナオキが、私に対して、言ってないことを、伸明が、自分の口から、告げるのが、マズいと、思ったのだ…  この伸明は、私とナオキが、公私共に、パートナーであったことを、知っている…  にもかかわらず、ナオキが、私に言ってないことを、自分の口から、告げるのは、マズいと、思ったのだろう…  普通は、まず、結婚していれば、夫が、妻に言うべきこと…  それを、妻に第三者が、言うのは、まるで、告げ口をしているような…  とにかく、夫を差し置いて、第三者の自分が、言うべきではないと、伸明は、思ったに違いなかった…  だから、遠慮がちというか…  言いづらそうに、私に言ったに、違いない…  私は、そう、見た…  私は、そう、睨んだ…  すると、だ…  「…そんなに、FK興産の業績は、悪かったんですか?…」  と、これも、遠慮がちに、長谷川センセイが、口を挟んだ…  黙って聞いているのが、嫌だったに違いない…  が、  本当は、ここで、門外漢の長谷川センセイが、口を挟むのは、おかしい…  が、  しかしながら、ここにいるのは、三人だけ…  私と伸明と長谷川センセイの三人だけだ…  だから、つい、口を挟んだのかも、しれない…  伸明は、長谷川センセイの質問に、曖昧に、  「…ええ…」  と、短く、答えた…  すると、長谷川センセイが、  「…そんなに、ひどかったんですか?…」  と、さらに、突っ込んだ…  すると、今度は、伸明が、  「…藤原さんは、資金繰りに苦慮していたが、それでも、会社が、傾くとか、今すぐ、どうこうなる話じゃなかった…」  「…では、どうして?…」  と、長谷川センセイ…  「…会社経営に疲れたんだと、思う…」  伸明が、言った…                <続く>
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