偽りの夫婦

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(え、なに、たっちゃんをやっているの)  真昼は龍彦が成人向けのオンラインゲームに興じているのかと思いリビングの扉の隙間からその様子を覗き見た。 (・・・・!)  龍彦の右手は股間で忙しなく上下し、自慰行為に耽っている事は明らかだった。確かに男性38歳、まだまだ性欲旺盛な年代だ。真昼との性行為がなければ何処かで処理しているとは思っていたがその姿を目の当たりにするとは思いも寄らなかった。 「・・・・んっ、んっ」  龍彦の生々しい喘ぎ声に足が(すく)んだ。真昼はその後ろ姿に声を掛ける事も憚られ声を無くした。次に、フルスクリーンの画面に映し出された女性が発した淫雛な囁きに身体が凍りついた。 「た、たつ、龍彦」  その相手の女性はゲームアプリの架空の人物ではなかった。 (・・・え、如何いうこと、なの) 「橙子(とうこ)、橙子先生!んっ!んっ!」 「龍彦、あっ、あっ」  名前を呼び合い互いの欲望を掻き立てる卑猥な行為に真昼の頭の中は真っ白になった。橙子と呼ばれる女性は龍彦の<先生>でなのだ。 (オンライン不倫)  この関係がいつ頃から続いていたのか分からないが、真昼は龍彦に裏切られていた事にようやく気が付いた。ゆっくりと音を立てないように足元にショルダーバッグとマイバッグを置き玄関へと後ずさった。 「あ、あ、あ!」 「橙子先生、き、気持ち良い!?」 「いい、あ!」  目の前で激しい性行為が繰り広げられそれは続いた。真昼はゴム製のクロックスを履きそっと玄関扉のノブを握り後ろ手で締めた。 「・・・・・」  <文豪の路>の石畳、ポツポツと灯るオレンジ色の街灯。パタパタとクロックスの足音が真昼の背後から着いて来る。 「うっ」  真昼の頬に温かい涙が伝い、顎からポタリとブラウスへと落ちた。それは点々と染みを作ったが通り過ぎるサラリーマンの驚く顔など一切気にならなかった。 (たっちゃんが私に触れないのはあの女の人が居たから)  思わず声が漏れた。 「うっ、うっ」  真昼は携帯電話をポケットから取り出すとLINE画面をタップした。龍彦のアイコンを押す。 今から帰るね  それは数分間既読にはならなかった。今頃あの部屋では龍彦が絶頂を迎え体液をティッシュで拭き取る作業が行われている事だろう。 今から帰るね 既読 あと十分くらいかな 既読 ニラと牡蠣の水炊き 既読 わかった 既読  いつもはLINEスタンプだけの返信が、昼下がりのドラマを切り取ったように「何時頃帰るの」「夕食はなに」「気をつけて帰って」と不自然なまでに饒舌(じょうぜつ)だった。 (・・・・やっぱりそうだったんだ)  真昼は大きなため息を吐いた。
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