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また伝票の印鑑を捺す途中でまた社長の下らない小噺が始まってしまった。
「んもうーーー!」
結局、真昼は紙袋を抱えて閉局間際に自動ドアのマットを踏んだ。ガラス扉の向こう側、郵便窓口のカウンターに二つの旋毛が見えた。
(ーーーー玉井さん!)
もうそれだけで真昼の頬は赤らんだ。玉井真一もその姿に気が付き思わずカウンターデスクから立ち上がった。同じ背の高さ、同じ目線の二人は微笑みあい、はっと我に帰った。
「こ、こんにちは」
「いらっしゃいませ」
真昼は紙袋から封筒の束を取り出しながら玉井真一の一挙一動を見つめた。業務に勤しむ真剣な面持ちは魅力的だった。
「いらっしゃいませ、私も手伝います」
するとその時、プロレスラーみたいな名前の小動物系女子、大牟田美々子が玉井真一の隣に立つと封筒に切手を貼り始めた。その距離は二人の肩が触れる程近く、真昼の眉間には皺が寄った。
(んんんむーーーーー、近い、近いっ!)
その気配に大牟田美々子は上目遣いにクスっと笑った。正確には笑ったような気がした。
(な、な、なにこの子!)
それは女性の勘。大牟田美々子は玉井真一の事を異性として好ましく思っている。これは明らかな牽制だと思った。
(な、なに、ちょっと若いからってーーーー!)
艶のある髪、瑞々しい肌、プルプルの唇。
(て、私、もう32歳なんですけどーー!)
そこで思い浮かぶのは田村龍彦の顔、あの男の為に五年間を無駄にしたのかと思うと大きなため息が出た。
(ーーーーーはぁ)
そこで玉井真一と目が合った。怪訝そうな顔をしている。
「あっ、遅いとか!そんな事は思っていませんから!」
「申し訳ありません、急ぎます」
「あっ、そんな意味では無いんです!」
慌てて両手をパタパタさせていると大牟田美々子がクスっと笑った。
(ーーーーおのれ)
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