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「あ、すいません、お客さん連れて来ました」
そう、言って幸太が戻ると全員の視線が集まる。幸太の後ろで佇む叶を見て、全員が戸惑った。
『えっ?普通にお客さん?』
『誰だ?幸太の知り合い?』
戸惑いを見せる弘人達を尻目に幸太が叶を席に案内する。
「あ、鬼龍さんこちらにどうぞ。ドリンク何にします?」
「ありがとう。じゃあウーロン茶ちょうだい」
「あ、はい」
このやり取りを見て、幸太の知り合いと認識した弘人がすぐに駆け寄って来る。
「おい、誰だよあの人?めちゃくちゃ美人じゃねぇか」
「え?ほら、この前ベンチで座ってた時に声を掛けてくれたって言ってた人だよ。さっきそこで偶然会ってさ」
「えっ、ちょっと待って。幸太君、あの人が例の壺の人?」
いつの間にか咲良も加わり一気に色めき立つ。叶の事が壺の人と認識されている事に若干戸惑いながら、幸太はひとまず叶の元にウーロン茶を運ぶと、二人の元に戻り丁寧に説明をしていく。話を聞いていた二人は頷き、弘人は腕組みをしたまま考え込み、咲良は一人テーブルに座る叶をじっと見つめていた。
すると咲良は楓の方に振り向く。
「楓さん、私休憩入ってもいいですか?」
「ええ、幸太君も帰って来たしいいわよ」
「ありがとうございます。じゃあちょっと行って来るね」
そう言うと咲良は厨房に立ち、鉄板に火を入れ、焼きそばとフランクフルトを焼き始める。誰しもがまかないを作っていると思っていたが「よし出来た」と咲良は言って両手に焼きそばとフランクフルトにイカ焼きまで持っていた。明らかに一人で食べるには多いその食料を両手に持ち、咲良は叶の座るテーブルへと歩いて行く。
「少し御一緒してもいいですか?」
咲良が叶を覗き込む様にして尋ねると叶は笑顔で了承していた。咲良の突然の行動に寧ろ周りが驚き、戸惑っていたが当人同士は至って冷静だった。
「良かったら一緒に食べますか?取り皿も持ってきましたし、美味しいですよ」
「ありがとう。じゃあ少し頂こうかな」
少し食い入るように尋ねる咲良に対して、叶が柔らかい笑顔で答えていた。
「えっと、叶さんでいいんでしたっけ?私は咲良です」
咲良がいきなり下の名前で呼び出した為、慌てて幸太が駆け寄る。
「あっ、咲良ちゃん、あのさ――」
しかしそれを叶が右手を突き出し制止する。駆け出した足を止め、幸太は困惑していた。
「ふふふ、ええ、貴女は咲良ちゃんでいいのかな?」
「あ、はい」
「よろしくね咲良ちゃん。どうしたの倉井君?訳が分からないって感じね。女の子同士なんだから名前で呼び合ってもいいでしょ。男と女じゃまた違うんだしさ」
困惑の表情を浮かべる幸太に対して、叶が微笑みながら語り掛けていた。幸太は頷き、苦笑いで調理場へと戻って行く。テーブルに残った女性二人はどこか微妙な空気のまま、テーブルの上に並んだ食事をつまんでいた。
咲良は焼きそばを口に運びながら叶の事を食い入るようにじっと見つめていた。
叶は逆に咲良の視線なんか気にする事なく、笑みを浮かべながらドリンクのストローを口に咥える。
「叶さん、一つ変な事言ってもいいですか?」
「ええ、変な事は言われ慣れてるからいいわよ」
柔らかな笑みを浮かべて頷く叶を見て、咲良は首を傾げたが、そのまま話し始めた。
「幸太君に何か興味あります?たまたまですか?何か変な壺とか売ったりします?」
突拍子もない事を聞いて来た咲良に対して、流石の叶も目を丸くさせて驚きの表情を見せる。咲良の表情を見ても真顔であり、とても冗談を言っている様には思えなかった。
しかし叶は真面目な顔をしてそんな事を聞いてくる咲良がたまらなくおかしくて、笑いが込み上げて来る。
「ふふふ、あははは、私が壺を?あははは、そっか、そっか、んふふふ」
店内には叶の笑い声が響き、落ち着いたイメージを持っていた幸太は驚きの表情で見つめていた。
叶は俯き、口元に手をやり、込み上げる笑いを必死に抑えようとしている。ひとしきり笑い、少し呼吸を整えると顔を上げて目頭を拭った。
「ふぅ、なるほど、面白い発想ね。だけど私は壺を売りつけるような話術なんかないし、もしあったとしても、もっとお金持ってそうな人を狙うかな。申し訳ないけどそういう意味では倉井君は選ばないよ」
「なるほど。まぁそれはそうですか」
そう言って笑う二人を少し離れた所から幸太と弘人が見つめていた。
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