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「それでね、私の記憶では倉井君はフラれたって聞いてたけど、私が騙されてるのかも知れないって思ってさ、一応聞いたのよ。貴女は倉井君の彼女ですか?って。そしたらその子機嫌悪そうに『その人は私にフラれた人』って言ったから、ああ、この子話が通じない子だわって思ってね、その場を離れようと思ったの」
そこまで話す頃には咲良の苛立ちはピークを迎え、不穏な空気さえ漂っていた。しかしそれに気付いた叶が咲良の方を見ながら口端を上げ、少し悪そうな笑みを見せる。
「ただそのまま去ったら何かムカつくでしょ?だからわざと倉井君の腕を組んで思いっきり寄り添うようにして『貴女がこれ以上ヒステリーを起こさないように消えてあげるから二度と私達の視界に入らないでね』って言って去って行ったの。去り際にチラッとその唯ちゃんって子の顔覗いたけど鬼の様な形相してたわよ。まぁ今思うと私も大人気なかったかなって思うんだけどさ」
叶がそう言ってしたり顔をすると咲良もようやく笑みを見せた。しかし弘人は苦笑いを浮かべていた。
『いや、幸太から聞いて少しは知ってたけど、今あらためて聞いたらその状況地獄だろ。唯も何がしたいのか訳分かんねぇし、理不尽にも程がある』
「ただ、倉井君そこまで言われて平気なのかな?って思って聞いてみたんだけど、彼その唯ちゃんって子かばうような素振り見せたからさ、『ああ、倉井君のせいもあるんだろうな』とは思ったけどね」
叶が少し呆れた様な表情を浮かべると弘人は慌てて話に入る。
「いや、鬼龍さんちょっと待って下さい。言いたい事は分かりますし、幸太が悪い所もあります。ただ、幸太の性格もあるけど唯がおかしい所もあるんです。それに幸太も一方的にフラれて判断がおかしくなってた部分もあると思うんですよ。あの二人の関係性も異常というかなんというか、だから俺からも注意しとくんでその、もう一回ぐらいチャンスを――」
弘人が幸太をかばおうと、少し低姿勢になって叶に懇願するが叶は含みのある笑みを見せる。
「弘人君。倉井君の事を想うその気持ちは素晴らしいと思うし私に出来る事なら聞いてあげたい。だけど今の倉井君の事に弘人君や咲良ちゃんが口出しすべきじゃないと思うの。その辺は彼自身の問題だと思うし、彼からアドバイスを求められれば助言するのはありだと思うけどいきなり出て来てああしろ、こうしろって言っても意味無いんじゃないかな?それに弘人君が言う通り、あの二人の間に問題があるなら二人で解決してもらわなきゃ駄目だと思うの。周りがとやかく言っても意味無いでしょ?」
「……まぁ確かにそうだと思います。ただ幸太とはもう一回ちゃんと向き合ってやってもらえませんか?あの幸太が鬼龍さんを助ける為に身を挺して頑張ったんです」
弘人の必死の願いに叶は一瞬考えた。
『本来はここら辺で身を引きたい。これ以上関わると辛くなるから。でも倉井君が怪我したのは自分のせいでもあるし、何よりまだ本来の目的は達していない。ならば――』
「……そうね、倉井君も必死に助けてくれたしね。今度彼が元気になったら二人でゆっくり話してみようかな」
叶が微笑みながらそう言うと、弘人は身を乗り出して満面の笑みを見せる。
「本当ですか?あっ、幸太の番号知ってました?知らなければ教えますよ」
「……知らないけど、遠慮しとく。それに連絡先聞いてももらってないし。そういうやり取りは二人でするもんじゃない?」
「いや、そうなんですけど、あいつその辺奥手というか、疎いというか」
「それも含めて倉井君の全てでしょ?まぁ倉井君がその気になれば何時でも話せるようにしとくわね……それでさ、二人に聞きたい事があるんだけど……」
含みを持たす叶の質問に二人は顔を見合わせ苦笑いを浮かべながら僅かに身構えた。
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