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幸太が焼き鳥屋に着くと奥の席で幸太に気付いた咲良が大きく手を振っていた。
「幸太君こっちこっち」
騒がしい店内でもよく通るその元気な声に少し恥ずかしさも感じながら二人の待つ席へと歩んで行く。
「おう、お疲れ。まぁ座れよ」
「ああ、ありがとう」
弘人に笑顔で促されて、二人が並んで座っている対面に腰を下ろした。
「幸太君は生?」
「え?ああ、うん」
座って息つくまもなく咲良から尋ねられ、幸太も笑いながら頷く。それから暫くし、幸太の生ビールが運ばれて来ると二人はグラスを持ち構えた。
「さぁまずは乾杯しよっか」
「フラれた日に乾杯って」
「フラれた日じゃなくて幸太君の新たな門出に」
自信満々に咲良が言うと三人は笑顔でグラスを合わせた。
「乾杯!」
一口飲むと爽やかな炭酸と共に、ビールの苦味と旨味が喉を潤してくれる。
「二人でいたのに邪魔して申し訳ないな」
「はは、気にするなって。どうせいつもこいつと二人でいるんだし大丈夫だって。なっ?」
幸太が俯き申し訳なさそうに言ったが、弘人は笑って否定して横の咲良も笑顔で頷く。
「そうそう。いつも二人だからたまには幸太君も一緒になって居てくれなきゃ、マンネリになっちゃうから」
「ああそれは危ない。倦怠期ってやつだな。気を付けなきゃ俺みたいになるぞ」
幸太が自虐的に笑ってそう言うと、二人も一緒になって笑ってくれていた。暫くすると頼んでいた焼き鳥も運ばれて来る。甘辛いタレで味付けされ、備長炭で香ばしく焼かれた焼き鳥はビールとよく合う。絶品の焼き鳥を頬張りながら楽しく喋っているとお酒も進んで行く。楽しい歓談の時間は幸太の心を幾分か楽にしてくれていた。
「それでさ、私は前から思ってたの。幸太君には悪いけどあの人とは絶対別れた方がいいって」
「おい、お前何言ってんだよ!」
お酒も進み、酔いが回ってきた咲良が思わず口走ると慌てて弘人が止めに入る。だが、酔っ払った咲良は止まる事はなかった。
「だってあの人、幸太君に対して失礼な態度とか取ってたじゃん。あからさまに不機嫌な時もあったし、幸太君が優しいから調子に乗ってたんだって――」
咲良の言葉を聞きながら幸太は苦笑いを浮かべていた。実際咲良の言っている事は的を射ていた。薄々は幸太も感じていた事だったが『失いたくない』『傷付きたくない』そんな想いから、あえてそれには気付かないようにしていたのだ。咲良の言葉が幸太に刺さる。
「――絶対幸太君にはもっと良い人がいるって」
「良い人か……あっ、そう言えば」
咲良の言葉を聞き、苦笑しながらぼんやりと考えた時、今日ベンチで出会った女性の事を思い出した。
「えっ?何何?何かあったの?」
先程まで文句を並べていた咲良が興味津々とばかりに身を乗り出す。
「いや、たいした事じゃないんだけど。今日唯にフラれてベンチで座り込んでた時、すっごい綺麗な女の人に話し掛けられてさぁ。落ち込んでた筈なのにちょっとドキドキしたよ」
「おおいいじゃん!よし、その人行っとこう」
「いや、行っとこうって……」
「いやまぁ咲良の言葉遣いは置いといて、本当にいいじゃん。ひとまず連絡取って次いつ会えるかを――」
「いやいやちょっと待てって」
自分以上に興奮する二人を幸太が必死に制止する。幸太よりも自分の事のように盛り上がってくれる二人を見て、勿論悪い気はしない。だが、あまりにも話が先走り過ぎていた。
「テンション上がってる所悪いんだけど、連絡先知らないんだって」
「え?嘘でしょ?」
「は?何してんのお前は。そこはちゃんと聞いとけよ」
唖然とした表情を浮かべる二人を見て、幸太も少しバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。
「いや、突然だったからさ。あっ、そういえば――」
幸太が弁明していると、ふと女性と会った時の事を思い出す。
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