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「そう、そういえば出会った時ちょっと不思議な感じだったんだよな。その人自身もちょっとミステリアスな感じだったけど、最後去り際に自分の息を指に吹き掛けて、俺の肩をトンって触れて『おまじない』って言って何処か行ったし」
幸太の話を聞いて二人は顔を見合わせ首を傾げる。すると咲良は何か思い付いた様に興奮気味に身を乗り出して来た。
「ねぇ幸太君。その時幸太君は落ち込んだ雰囲気で座ってたの?」
「え、まぁそうだな。フラれた直後だったし放心状態だったかな」
幸太の答えを聞き、咲良は眉根を寄せ、顔をしかめて何度も頷いた。
「そうか、そうか……それはやばいかもね」
咲良が一人納得し、したり顔で幸太の方を向いた。幸太は何の事かも分からず戸惑いを見せる。
「その人はきっと幸太君が弱ってるの分かってて近付いて来たんだよ。そして優しく声を掛けて仲良くなったらきっと、凄く高い壺とかを売りつけてくるんだって。霊感商法とか言うやつだよ」
「いや、そんな馬鹿な話――」
「いやいや、馬鹿な話でもないかもしれないじゃないか。だって今でも咲良の話よりその女の人の事信じてる訳だろ?そして何より凄い美人っていうのが更に怪しい」
「ああ、本当だ。デート商法ってやつかも」
幸太が否定しようとしたが、弘人も咲良の話に乗ってくると二人はありもしない詐欺話で盛り上がり始めた。そんな二人を幸太は結局微笑ましく眺めている。そこにはいつもの明るく、楽しい空間が広がっていた。
そんな中、突然咲良が手を叩いたかと思うと再び幸太の方を向き、身を乗り出す。
「そうそう、幸太君。楓さんが明後日からまたお願いねって言ってたよ。ちゃんと覚えてる?」
「ははは、勿論。夏休みに入っても予定は入らなさそうだからバイト入りまくるかな」
明るく幸太がそう言って笑うと二人も同じ様に笑っていた。幸太達三人は夏になると毎年咲良の知り合いである二階堂楓がオーナーを務める海の家でバイトするのが恒例となっていた。高校生の時からそこでバイトをし、弘人と咲良はそこで知り合って付き合いだしたのだ。
その後三人は暫くして席を立つと「今日は奢るから」と弘人が一人で会計を済ます。
幸太が店を出た所で財布を出し「本当にいいのか?全然払うぞ」と尋ねたが、弘人は笑顔で首を振った。
「いいから、いいから。今日はお前の門出を祝う日だから」
「そうそう、幸太君の次の出会いに向けてね」
二人がそう言って笑うので、僅かに口角を上げながら幸太は仕方なく財布をポケットにしまった。
暫く三人はそこで話し込み、そしてそこで解散となった。
「じゃあ、またな」
「おう、気を付けて帰れよ」
幸太が手を上げて帰って行くのを二人は暫く見送っていた。
誰もいない部屋に一人帰って来た幸太はソファに体を投げ出すと目を瞑り今日の事を思い出す。
「色々あったな……」
ポツリと呟き小さなため息をついた。先程までの三人でいた時間が賑やかで楽しかった分、一人になると虚無感に襲われる。考えれば考えるほど嫌気がさしてきた時『おまじない』そう告げて去って行った女性を思い出した。
「綺麗な人だったなぁ。何かいい事ありますか?そのおまじない」
そう呟くと立ち上がりシャワーを浴びる事にする。シャワーを浴び、少しすっきりした幸太はそのままベットで横になるとすぐに眠りについた。
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