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 すっかり薄暗くなった、実家からの帰り道。車を運転しながら、私ははらはらと涙がこぼしていた。私には母の記憶がない。仕事で忙しい父に代わって家のことを担い、私の面倒をみてくれたのはばぁちゃんだった。幼いころから私が暗い顔をして家に帰るといつも「何事かあったんね?」と話を聞いてくれたばぁちゃん。本当は今日も「何事かあったんね?」と聞きたかったに違いない。でもそれを言うと、私がへこたれてしまうこともお見通しだったんだろう。アルミホイルの包みは、何も聞かない言わない代わりの、ばぁちゃんからのエールだ。  田舎道の路肩に車をとめ、暗い車内でアルミホイルの包みをはいだ。中には、海苔がふにゃふにゃに貼り付いた俵型の握り飯が二つと、ぺたんこの卵焼きが三切れ。  それを見た瞬間口の中によだれが出始め、急にお腹が空いた。この二年ほど、仕事でいっぱいいっぱいだった私は「お腹が空く」という感覚が無かったような気がする。取り敢えずお腹が膨れれば、コンビニ弁当でも外食でもなんでもよかった。  久しぶりに食べる、ばぁちゃんのご飯──。  私は泣くのもそのままに、手掴みで、勢いよくそれを頬張った。握り飯の海苔は風味が抜けていて、齧ると歯にくっつく。具は何も入っていない。卵焼きは黄身と白身がよく混ざっておらず、ところどころ味と食感がかわった。突然帰って来られて何の用意もなかっただろうに、それでも何か食べさせてやりたいと、慌てて作ってくれたのだ。元気がなかった私のために。一般的には美味しいとは言えないかもしれない。それでも私には、何より美味しく感じた。  幼いころ「ばぁちゃんのご飯はマズい」と言ってしまったことがある。ばぁちゃんは、「子どもの好きなご飯はわからんもんねぇ、ごめんねぇ」とすまなそうに笑った。  中学生のころ「肉が足りない」と文句を言ってしまったことがある。ばぁちゃんは、「ばぁちゃんのも食べなさい」と、自分のぶんを全部分けてくれようとした。「そがんこと言いよるとじゃなか!」私は怒り散らかした。何もかも腹立たしかった。  高校生のころ、太り始めた体重を気にして、作ってもらったご飯を食べなかったことがある。ばぁちゃんは「食べることは生きることよ! 食べな元気は出ん! なんでもよかけん食べなさい!」と私を叱った。私はそれを無視した。  あの時もこの時も。ばぁちゃんはどんな思いでいたのだろう。自分の愚かさ、ばぁちゃんへの申し訳なさ、ありがたさ。次々思い出しては、あとからあとから涙があふれた。  ごめんねばぁちゃん。ありがとう──。  満たされたお腹がぽかぽかあったかい。結局のところ、空いていたのは私の心だったのだ。  暗くなった田舎道の路肩に、ハザードランプが規則的なリズムで点滅する。ずっと走り続けようとしなくてもよかったんだ、と思った。たまにはこうやって、休めばよかった。一人ぼっちで戦っているような気持ちになっていたけれど、私を応援してくれる人は確かにいる。私は私を思ってくれる人が作ってくれたご飯を食べて、ここまで生きてきたんだから。きっと大丈夫だ。  すっかり空になったアルミホイルの包みをぐっと握りつぶして、ハンドルを握る。私を導くように、街灯の明かりが並んでいた。 <了>
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