それだけの関係

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「自分は好きだなんて言うなって怒るのに、由依はオレに惜しげも無く『好き好き』連発で、身体の全てを差し出して来るんだ。その度にオレがどれだけ我慢を強いられたことか。オレのこの忍耐力がなかったら、由依のうなじはとっくに噛まれて孕んでたからね」 爆発した頭が思考停止していると言うのに、理人の口は止まらない。 「だけど由依のことはすごく大事だから少しも傷つけたくなくて、無理強いはせず由依が自分の気持ちに気づいたらオレも告白しようと思ったのに、いくら経っても全く気づかなくて、なのに相変わらず発情期のことは覚えてないし無自覚に甘えてくるし、オレ、本当によく堪えたと思う」 まるで今までの鬱憤を晴らすかのように、理人の口は止まらない。 「だけどやっぱりオレだけのものにしたくて、我慢できなくなって、いくら由依でも30歳を前にしたら少しは考えるかと思ったのに見事にスルーされて・・・」 そこまで言って理人は特大のため息をついた。 「まだ大丈夫。今までだって待てたんだ。ここまで来たら、ちゃんと由依が気づくまでとことん待とう。出来る。堪えられる。オレはやれば出来る子だ。そう自分に言い聞かせてたのに、由依はあれからぱったりオレのところに来なくなって・・・」 徐々にヒートアップしていった理人の口調は最後は尻すぼみ、そして途絶えてしまった。きっとその後は最初の話に戻るのだろう。オレに会いに来て、そして小鳥遊さんに送られてきたのを見て勘違いして暴走して・・・。 オレを抱きしめる理人から、なんとも言えない悲しみが伝わってくる。ああこれが、アルファとオメガの間で分かる相手の気持ちか。 改めてそれを意識すると、オレは今まで理人の喜怒哀楽を割と自然に感じ取っていたことに気づく。 今の機嫌やストレス具合。それに疲れ度合いとかも何となく分かってた。 あのなんとなく分かるのって、理人がアルファだからだったんだ。だとしたら小鳥遊さんのことも、オレは無意識に分かってたのかな。初めは緊張していて分からなかったかもしれないけど、付き合っていくうちに小鳥遊さんの気持ちの変化を感じて、だからオレと同じ思いだと思ったのかもしれない。でもそれは無意識だから、恥ずかしい勘違いだと思って、そして勝手に諦めてしまった。そう言えば小鳥遊さんも、僕を本気で好きでいてくれたからこそ、確かめるのが怖かったと言っていた。 もしもあの時、オレたちのどちらかが少しでも気持ちを言葉にしていたら、きっとあんなすれ違いは起きなかったのかもしれない。 そう思うと、オレの胸がちくりと痛んだ。でもきっと、オレと小鳥遊さんの間には初めからそういう縁はなかったんだ。もしもそうなる運命だったなら、きっとオレは今でも小鳥遊さんを忘れられずにいただろう。そして小鳥遊さんの本当の気持ちを聞いて、一も二もなく受けていたと思う。 でもそんなことを今思っても仕方がない。 だってどう思おうと、5年前のあの時には戻れないのだから。それにあの時の小鳥遊さんへの思いはすでに昇華してオレの中には無い。ただその時の思いの記憶が残っているだけだ。そしてその記憶が、今オレの胸を痛めている。 オレは理人の胸に擦り寄った。 温かく心地よいこの理人の腕の中を、オレは失いたくない。 最初から理人の傍は心地良かった。なんとも言えない優しい空気がオレを包み込み、すごく安らかな気持ちにさせてくれる。ずっと変わらない、オレが最も安心する場所。そう思ってふと気づく。もしかしてこの柔らかい空気は、理人のオレへの思いなのではないだろうかと。 出会ってから今までこんなにずっと一緒にいて、その間にオレへの思いが好きへと変わっていったのなら、きっとオレはその変化に気づいただろう。でも理人は最初からオレを好きで、その思いはずっと変わらなかった。変わらなかったからオレはそれに気づかず、理人はオレに特別な感情を持っていない、ただそれだけの関係だと思ってしまっていたんだ。 でもこの理人の思いは最初からオレを優しく包み込んでくれていた。そしてそれを心地よいと感じていたということは、オレも最初から理人が好きだったんだ。
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