序章

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「……ったく、子供相手に投げ捨てるなんて。出世しないぞ、あのオッサン。いや……碌な死に方しないな、<アレ>は。まぁ、背中を引っ付いてら………………ん?」  数刻前。  雇い主からクビ宣言されただけでは無く、失言により怒らせ投げ捨てられた神龍時 葵。  彼女は、村の一部で有名な〈難儀な娘〉だった。  一桁の歳の割には大人並みの知識を持っており、年の近しい者には尊敬されていた。  だが、気の強さもあった為。大人を言い負かし、下っ端として扱い辛いと毛嫌いされていた。  そのせいか、職に就いてもその性格が災いとし、長く続けられず転職を繰り返す日々を送っていた彼女。  そんな時は、悔しさを吐き出す為に人が来ない時間帯に海へ行くのが、葵のルーティンになっている。  いつものように海に向かって悔しさを吐き出してから、自宅である竪穴住居へ帰宅しようかと考えている最中。ようやく目的地の海に到着する。  だが、━━何か違和感を感じた。  夜の海辺がザワついていたのだ。景色でない。空気がだ。  いつもの穏やかな空気が、四方八方とパチパチッ……、と奏でている今。  この初めての感覚に葵は胸騒ぎがし、歩を進めた。すると、岩陰の隅から、ぽう……、と控えめな青白い色の発光が躍るように一つ、二つとある一点に集中して飛んでいる。 (なんだぁ?あれは??また人魂か……??さっきのオッサンの背中に引っついてた死霊といい、恨みで成仏できていないのが多すぎるぞ……この(みやこ)周辺は)  ただ事でない状況に警戒心が大きくなっていき、無意識に気配を殺す。呼吸も浅くし一歩ずつゆっくりと進める。 (まるで、野兎を狩ろうとしている狼みたいな歩み方だな……)  傍観者のように、興味なさげに心の隅へ言葉を吐き捨てた。  そして、目の前の異常事態に視点を真っすぐとロックオンする。自然と瞳孔が開き緊張感の糸が徐々に細く、細く張り詰める。一歩、二歩、……三歩、と進めた刹那。  舞っていた光達が━━ふっ、と消えた。  突然の出来事だった、状況がガラリと変わった今。  彼女の猫目な瞳は更に大きく見開き、動作が固まってしまう。だが、ここで気になったら確認しなければいられない性格の葵。  数秒後、走り出していた。好奇心のまま、素直のまま。  足元が不安定な海岸、岩のゴツゴツとした鋭利さが残っている中。  空気を切るように両腕を振り、走って、━━走った。  途中で転びそうになったが運動神経が良いのか、即立て直し深呼吸を一瞬でし強く地面を蹴る。  口元に弧を描きながら、瞳の奥を輝かせる。  星の一等星が瞳の奥に埋め込まれているのか、というくらい強く輝かせる好奇心の塊。  そう。彼女、葵はこの状況を楽しんでいた。  毎日が、つまらない大人達に囲まれ、つまらない同じ景色の一面、つまらない単調な時間が過ぎ一日が終わる。  彼女は飢えていたのだ、━━人生の娯楽を。  その退屈な日常が終わると直感している今。息を切らしながら、目的地にたどり着く。  だが、ここで目の前の光景に、先ほどから弧を描いていた口元が死んだように消えてしまう。    ぐじゅ……、ゴリ……、ぐじゅ……り。  不穏な音が、容赦なく奏でている中。音が自身の脳内を侵入するかのように深く、深く刻み込まれる。  耳を塞ぎたくなるくらいの嫌悪感が増すばかりで。自身の脳みそが拒否しているのであろう、胃液が込みあがってくるのを感じた。  同時に焼けるような腐った鈍い臭いも、鼻を掠める。  思わず、口から出そうになった嘔吐物を塞ぐように右手で押さえると、ふと声が聞こえた。 「……おなか、空いた。もっと食べたい、もっと……。━━足りない、もっと」    声の主の方向へ目を凝らすと、小さな塊が蹲って周りに漂っている人魂達に手を伸ばしていた。    
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