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◇◇◇
「━━お前、何やっているッ!?」
思わず出てしまった言葉。
この場で、あたい(私)の声が響き渡り、目の前の小さな塊の動きが停止する。月が隠れている今、相手の顔が見えない。
それでも、停止している相手に近づこうと歩を進める。
普通の奴らだったら、身の安全を考えてこの場を立ち去るだろうね。だけど、あたいは逃げなかった。
そりゃあ、そうだろう?こんな体験は滅多に無いからね!
ここで立ち去ったら勿体ない。それに……危なくなったらこの自慢の美脚で逃げりゃ良いし。
数歩で辿り着いた今。丁度良く曇っていた空は明け月明かりが一筋落ち、周りを照らす。当然あたいだけではなく、目の前にいる塊にも柔らかく照らされる。
こちらの視界が明るくなり相手の姿が視界に入った瞬間、思わず目を見開いてしまった。
━━桃色。
「桃色の髪の毛ッ!!?」
め……面妖!━━いや!!よく見ると、それだけじゃない。
毛先は、薄い藍色の癖っ毛。うるうるとした大きな垂れ目の瞳の色も桃色だ!!
そして、全体的にふっくらとした印象。
丸いぷにぷにとした頬っぺた持ちの……女か?齢はあたいと同じか下って感じのだな。後は、そこら辺の風情と変わらない子供。
手に持っているモノ以外は。
手の中にあるのは、握り飯とか可愛いモノじゃない。青白い火の玉の形をした━━人魂だから。
それは、喰われたのか半分丸齧りされた跡が残っている。
しかも、人魂からキュー……キュー、と残り僅かな死にかけた呼吸音が聞こえた。まぁ、元々死んでいるけどさ。
そんな風に他人事のように、冷めた目で見ながら観察していると。異常者は眉毛を下げて口をパクパク、と忙しなく動かしている。
何か話したいんだろうな、と察する。
「……どうした?何か言いたい事あるなら言ってみ?」
できるだけ、幼児に問いかけるように優しい声色で伝えると。相手はゆっくりと四つん這いでこちらへ近づき、こちらの足元の裾を掴む。あたいの顔を覗き込むようにジィッ……、と見てくる。その為か、異常者の瞳の奥に自分の顔が映し出される無垢な垂れ目。妙な感覚に落ちそうになる。
「お……、おなか空いた。でぇーた……、ごはん。おなか、すいた」
「ん?アンタ、腹減ってるのかい?」
「ん。おなか、空いた。あのね、つぎ、コレたべるの」
「━━ッ!!そんなものを食べんじゃないよッ!!」
━━パァァッ……ン!!
にこやかに見せてきた<コレ>を手に持ったモノを見ると、〈海岸の岩のカケラ〉。
流石にマズいと思った、あたいはすぐにその手を即叩いた。その音は、この場に相応しくない景気の良い音色如く。
あまりにも行動が奇抜過ぎて絶句してしまい、反射的に手を出してしまった。
おかげで、心の蔵が驚いたのか鼓動が速い。
おまけに、体中に冷や汗がドッ、と出てしまう始末だ。いくら飢え死にしそうだからって、そんなものを口にしたら飢え死にどころではない。
しかも最悪なことは、まだ続く。
「うわァァあああんッッ!!!痛いよぉ。おなか空いたぁぁぁあああ!!」
叩かれた相手は、いきなりの事に驚き。ピーピーと赤子のように泣き出してしまった。
しかも、命の恩人のあたいに向けてだ。
両手に持っていた岩の一部は、そこら辺に転がり、手中に握りしめていた人魂は逃げ出すわで、両手の中が空の状態になっている現状の中。
大粒の涙を手で拭いながら更に大声で泣き喚く異常者。ここまでくると、クソ餓鬼だ。
どうしたものか……、とあたいは項垂れていた時。ふと、ある事を思い出す。
直ぐに胸元に締まっていた物を取り出し、クソ餓鬼の目の前に差し出した。
「こ・これ、なぁに??」
「ん?アンタ、コレ知らないのかい??」
「……??」
「コレ、<にぎり飯>って食い物だよ。ほら、コレあげるから食べな。さっき、元職場から、パクってきたヤツだから遠慮する事はないよ!」
そう堂々と伝えるとクソ餓鬼は本当に初めて見たのか、おずおずと興味深げに見る。そして、警戒しながらにぎり飯を人差し指で小突き、次に両手に持ちゆっくりと口につけた。
すると、パァ……ッと蕾だった花が開花したような輝きに満ちた瞳になったクソ餓鬼。
よほど、気に入ったのか無我夢中で無言で食べ続ける。それは、満面の笑顔のままでだ。
ここで、初めて見た笑顔の相手に無意識にこちらも顔が綻ぶのを感じた。
見ていて、癒された感覚に浸っている中。相手は食べ終わり、満足だったのか口元をにこやかのままだ。
「おいしかったかい?あたいの名前は<神龍時 葵>。アンタ、なんて名前なの??」
ここで会ったのも何かの縁だと思った、あたいは自分の名を伝えた。共に<氏>付きだから気分も最高だ。
だが、相手はきょとん、としているし無反応だ。明らかに様子がおかしいと思い、質問してみたら。
「……なまえって、なぁに??」
と、答えてくるクソ餓鬼。名無しという事実に、コイツがどんな人生送ってきたのか……と思考を巡らせると言葉が出なかった。
しかも、この場の空気が読めないのか、
「おなか空いた。もっと、食べたい。でーた、ごはん食べたい」
と、こちらの腕を絡ませながら、向日葵のような笑顔で言ってくるクソ餓鬼。瞳の奥を輝かせながらだ。
厄介な奴に好かれた、と気付いた時には手遅れだった。それに、懐いているから無下にできないときたものだ。
これが、あたいと野菊の初めての出会いであり。これから先、長い付き合いになるとは思わなかった。
そして、この時のあたいはこれから先〈ある人物〉と出会って、人生が大きく変わるとも夢にも思わなかった。
ーーというか、<でーた>って何ッッ!!?
<序章 完>
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