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第5幕 邂逅と、悪夢
◯(大輔の予想という名の)回想・高校・図書室
大輔は小夜役になり上手に、隆一は貴明役になって下手に行く。琢磨は図書委員役で上手端の机に座る。
小夜、貴明、センターに歩み寄る。本棚で本を探していて、二人同時に同じ本を手に取ろうとして、指が触れる。
貴明・小夜「ああっ」
琢磨「いや、出会い下手すぎじゃね!?」
貴明「工藤、貴明です」
小夜「あ、4組の」
貴明「そうです」
琢磨「待て待て。手が触れただけでいきなり喋るな。それにこの時点で小夜が貴明のこと知ってるのはおかしいだろ」
貴明「どうして俺……いや、僕のことを?」
小夜「いつも私の読みたい本の貸し出しカードに名前が書いてあったから。すごく本を読む人なんだなあって思って、それで覚えてたんです」
貴明「そうなんですか」
小夜「1組の相原です」
貴明「知ってます」
小夜「なんで?」
貴明「実は僕、あなたが読みそうな本を先回りして、読んでいたんです」
琢磨「気味悪いわ! それ普通の女の子は引くよね!?」
小夜「そうなの? 嬉しい」
琢磨「食いついたよ!」
小夜「工藤くん、こういうの読むんだ」
貴明「え?」
小夜「江戸川乱歩。少年探偵団シリーズ」
貴明「うん、いつもなら、デカルト、カント、ショーペンハウアーなど読んでるんだけどね。最近、その手の本にも飽きてきて。たまには普段触れない本でも読もうと思って、滅多に足を踏み入れない、この九番の通路に入って、この棚に手を伸ばした、という訳なんだ」
琢磨「急にタメ口聞いてるぞ」
小夜「私、推理小説が好きなの」
貴明「へえ、そうなんだ」
小夜「横溝正史とか、夢野久作とか、あと澁澤龍彦とか」
貴明「読書傾向が偏ってるような気がするなあ」
小夜「この少年探偵団シリーズはね、やはりいい加減さがいいのよ。前作のラストで二十面相が逮捕されたはずなのに、次回作の冒頭でいきなり脱獄しているなんてザラだし」
貴明「ゆるいんだねえ」
小夜「おすすめはなんと言ってもこれ! タイトルもズバリ『少年探偵団』。この作品、ラストで二十面相が何と爆死しちゃうのよ」
貴明「わぁぁぁぁぁッ! 言うんじゃねえ! あんた、これからこの本を読もうって人に結末を言っちゃダメでしょう!!」
小夜「大丈夫。次回作で何事もなかったようにピンピンして登場するから」
貴明「ほらまた言った!!!」
琢磨「君たち! 図書室では静かに!!」
回想終わり。
◯高校・補習用教室
舞台奥のホリゾント幕に当る西陽が、更に小さくなる。
大輔「出会いはこれでよしとして、貴明と小夜が付き合う意味がわからん」
隆一「だな。貴明はともかく、小夜にはなんの積極的動機もない」
大輔「貴明と付き合うことで、小夜に何の得があるんだ」
琢磨「人を好きになるって言うのは、損得じゃないよ!!」
隆一「何を馬鹿な。だってあの貴明だぜ」
大輔「お前もよく知ってる、あの工藤貴明だぜ」
琢磨「でも! ……確かに、否定できない」
隆一「貴明と付き合うと、何かおまけがついてくる」
大輔「なんかが割引になる」
隆一「貴明の得意なものって、何かないか」
琢磨「あいつ小学校の頃、親によく習い事させられてたよな」
大輔「空手とか習ってたな」
琢磨「ピアノだろ、習字だろ、そろばんだろ」
大輔「あと、習字ね。下手くそだけど」
隆一「それだ!」
大輔・琢磨「どれだ!?」
隆一「キーワードは、貴明、小夜、そして放課後の教室」
大輔「わかった! 小夜の成績の良さを妬んだ不良どもが体育館裏で因縁つけているところに貴明が現れて、空手でぶちのめす!!」
隆一「違うよ。ピアノだよピアノ! 接点はおそらくそこにある。貴明のピアノの腕前はどんなもんだ?
大輔「大したもんだ」
琢磨「合唱とかだといつも伴奏やってたな」
大輔「工藤家は音楽一家だからな。英才教育を受けてた。でも、本人が空手やりたいって言い出して。あの時は大変だったな」
琢磨「貴明のお母さん、音楽一筋だからな」
大輔「バイオリンで国体出てるからな」
琢磨「でるか!!」
隆一「やはりな。『夢は幼稚園の先生』」
琢磨「なんだそれ」
隆一「中学校の卒業文集だよ。小夜は将来の夢に『幼稚園の先生』と書いている。貴明はピアノが得意。と言うことは」
大輔・琢磨「と、言うことは?」
隆一「二人の出会いは、放課後の音楽室だ!」
◯(隆一の予想という名の)回想・高校・音楽室
隆一が貴明、大輔が小夜を演じる。
ピアノの BGMが流れる。途中でつっかえてしまうたびに、貴明はこける。
貴明「誰だろう、このピアノ」
琢磨「気になるのかい?」
貴明「……ッ! いや、そうじゃねえ。俺はピアノを捨てたんだ。ピアノを捨てて、空手を選んだんだ。空手で拳が潰れちゃ、二度とピアノは弾けないって、母さんは泣いてたけどな」
琢磨「行ってみるといいよ。音楽室。相原小夜っていう子が音楽の先生に許可をもらって、放課後にピアノを練習させてもらってるんだ。彼女は幼稚園の先生を目指していてね。受験にピアノが必要だからって」
貴明「誰だか知らないけど、親切にありがとう」
琢磨、去っていく。
貴明、戸を開ける。ピアノの音が大きくなる。
鍵盤と睨めっこしている小夜。下手くそな演奏が響く。
貴明「うわぁぁぁ〜! そんな演奏を聞かされちゃ、俺が必死になって育ててきた、音感が狂っちまう! どけえ!」
小夜を突き飛ばし、ピアノの前に座る貴明。
超絶技巧でリストを弾きこなす貴明。
小夜「すごい! こんなピアノを弾ける人が、この学校にいるんだ!」
貴明、足でも弾き始める。思い切り演奏をして、演奏がカットアウトする。
貴明「いいか! 俺の前であんな演奏、二度とするな!!」
小夜「(土下座して)弟子にして、下さい!」
貴明「はいぃ〜!?」
小夜「私、2年1組の相原小夜と申します。どなたか存じませんが、相当の技量の持ち主とお見受けいたしました。どうか私に、あなたのピアノを教えてください!」
貴明「それはできねえ」
小夜「えっ!?」
貴明「俺はピアノを捨てたんだ」
小夜「なぜ、なぜですか。あんなに弾けるのに」
貴明「ほら、見てくれ。俺の拳を。空手の稽古で見事に潰れちまってる。こんな拳じゃ、あの程度の演奏が限界なんだよ。それに」
小夜「それに?」
貴明「俺みたいな落ちこぼれと、あまり関わり合いにならない方がいい。変な噂が立つと、迷惑がかかるから」
小夜「私、そんな人の噂なんて、構わない!」
貴明「……小夜?」
小夜「私、あなたのピアノが……ううん。私、あなたが」
貴明「それ以上、言うな」
小夜「言わせて、下さい!」
貴明、小夜、向かい合う。
小夜「私、あなたのことが!!」
貴明「さよぉ〜〜っ!!!」
ハグ、の直前に小夜から大輔役にクルリとターンして戻りながら
◯高校・補習用の教室
ホリゾント幕に当る西陽は、完全に消えている。
大輔「ってな訳だ!」
琢磨「なるほどな! で、交換条件として、小夜はバカな貴明に勉強を教える」
隆一「貴明は、口じゃあー言ってるが、小夜にベタ惚れ。小夜の期待を裏切らない為にも、猛勉強に励むってわけだ」
琢磨「なるほど、そう考えると辻褄が合う」
大輔「えっ。それじゃあいつ、本当に頭良くなってたのかよ!」
隆一「その可能性大だな」
大輔「カンニングは!」
隆一「やってないな。第一、貴明はバカだからカンニングなんかできないって言ったのはお前だぞ」
琢磨「何より、小夜の期待を裏切る事になるしな」
大輔「なんだよ、出来あがっちゃってたのかよ〜!」
隆一「そうなるな」
大輔「そうなるか! あー、羨ましい〜!」
琢磨「叫ぶな! 俺まで悲しくなってくる」
大輔「何だよ、俺も石原さとみに教えてもらいてぇ〜!」
隆一「お前は下心見え見えだから、ダメだな。貴明はアレで結構ピュアだから、小夜も心を開いたんだろう」
琢磨「良いなぁ」
大輔「よし、決めた」
隆一「何だよ」
大輔「音楽室行ってくる。そんでピアノ弾いてくる」
隆一「ええっ! お前も弾けるの!?」
琢磨「お前が"ひける"のは、せいぜい『風邪』くらいじゃねーか」
大輔「うるせぇうるせえ!」
隆一「大丈夫だよ、だって」
3人「バカは風邪引かない、って!」
大輔「…失敬だな君達は!!」
隆一「……ん? はっ!! そんな事いいから、いい加減課題やらなきゃ!!」
琢磨「え!? 今何時!?」
大輔「そうねだいたいね〜♪」
隆一「やべっ! もうこんな時間!」
琢磨「先生帰っちゃったんじゃねーの!?」
隆一「とにかく終わらせないと!!」
大輔「終わらねぇ〜〜!!」
暗転。
〈幕〉
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