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第1幕 免れた男
〈登場人物〉
・大輔(だいすけ)…高校2年生。学年最下位(200人中)の男。背が低めで中性的な顔立ち。言動は粗暴。
・琢磨(たくま)…大輔の幼なじみで、同級生。学年198位。大きめの図体で、大輔に比べると落ち着いた性格。
・隆一(りゅういち)…大輔・琢磨の同級生。クラスは別。学年197位。事情通な所があり、貴明の成績向上を早くから知る。
・貴明(たかあき)…大輔・琢磨の幼なじみ。大輔と同じクラス。ピアノを小さい頃から習っているが、ある時空手に転向する。勉強が不得意だが、相原小夜(あいはらさよ)と言う女生徒の出会いが彼を変える。
・小夜(さよ)…大輔達の高校に通う2年生女子。成績は上位で、補習常連組にとっては雲の上の存在。
・静先生(回想場面)…大輔達の小学校2年時の担任
・山口先生(回想場面)…大輔達の小学校4年時の担任。3年時に静先生の産休の代理で大輔達の担任を経験。
◯高校・補習用の教室
放課後の高校。
チャイムが鳴り終わると同時に明かりがつく。教室の設定で、下手に向かって机と椅子が4セット並んでいる。運動部などの練習の掛け声が聴こえていたが、フェードアウト。
舞台奥のホリゾント幕(背景用の布)には、西陽が少し当たっている。
教室には大輔(17)、琢磨(17)の2人が居て、一番上手側の机に大輔、その1つ下手側に琢磨が座っている。
2人とも黙々と日本史補習の課題を解いている。時折教科書や資料集を開いては閉じ、頭を掻くなどして悩んでいる。
下手から隆一(17)がやってきて、無言で荷物を琢磨の一つ前の机に置く。1番下手側の机だけが使われていない状態。
隆一、上履きを脱いで、その1番下手側の机の上に立ち上がる。
筆箱をマイク代わりに両手で持ち、演説を始める。
隆一「そもそも、現代の労働環境には、格差があり過ぎる! それは一体、なぜだぁっ!」
「なぜだぁっ!」の声で隆一は右腕を上げる。そのタイミングで大輔・琢磨も顔を上げて隆一を見るが、すぐに課題に目を落とす。
目を落としてから1秒だけ間をおいて、演説を再開する隆一。
隆一「定年を迎えた後、民間企業に天下り、仕事もせず給料ばかりもらう渡り鳥共が蔓延る一方で! 放課後に時間を作って、俺達みたいな補習常習者の為に居残りしてる、聖職者達が、居る!」
大輔「うるせえぞ隆一」
琢磨「ちゃんと課題やれよなぁ」
隆一「俺はね君たち」
琢磨「"君たち"ぃ?」
隆一「先生方に、早く帰宅して欲しいと思っているのだよ」
大輔「先生たちを残業させてんのって、琢磨だろ?」
琢磨「何言ってんだよ。大輔もだろうが」
隆一「君たち、二人ともだよ!」
大輔・琢磨「隆一もだよなぁ」
隆一「(バカ丁寧に)貴重なご意見、ありがとうございました」
隆一、机から降りて、隣の荷物を置いた机に行く。椅子に座り、鞄から教科書や課題プリント等を出していく。
隆一「あー、面倒くせえ」
琢磨「うるせえなぁ。んなもん皆んな一緒だよ」
大輔「これで後は貴明だけか」
隆一「ん? 貴明は来ないよ」
大輔・琢磨「はあっ!?」
隆一、2人のリアクションに驚く。
隆一「!? ……た・か・あ・き・は……」
大輔「聞き取れない訳じゃねーよ!」
琢磨「なんでアイツが来ないのかって事だよ!」
大輔「怪我か? 母ちゃんでも倒れたか?」
琢磨「それとも、遂に退学になったか?」
隆一「ちげーよ。何でそんな事しか浮かばないんだよ? この補習に出なくて済む方法って言えば、何だ?」
琢磨「(人差し指を上げて)仮病を使う!」
大輔「(同じく人差し指を上げて)親を危篤にする!」
隆一「お前らなぁ……テストの点数が良かったからに決まってんだろ!!」
大輔・琢磨「はぁぁぁぁぁ!?」
隆一、驚いてのけぞる。
大輔「て、テストの点が良かった? 有り得ねーよ。だってあの工藤貴明だぜ!?」
琢磨「あの、コントをする訳でもなく、漫才をする訳でもなく、歌番組の司会をするでも無く」
大輔「自転車屋の息子と、コンビも組んでない」
隆一「……石橋貴明と、名前が一緒ってだけだろ?」
琢磨「そんな奴がテストで良い点数なんか取れる訳ねーよ」
隆一「取っちまったもんは仕方ねぇだろ。今回86点だったんだから」
大輔「まっさかぁ〜。アイツに86なんて無理。取ったらマグレ」
隆一「マグレで取れる点数じゃねーよ」
大輔と琢磨、隆一の両脇に立ち、肩に手を置く。
大輔「隆一、お前は高校に入ってからのアイツしか知らないから、そんな事が言えるんだ。アイツは正真正銘、本物のバカなんだよ」
琢磨「今でも思い出すだけで……ぶふっ」
隆一「なんだ、そんなにヤバいのか」
大輔「じゃあ、教えてやろう。アイツが小学生時代、どんな少年だったのかを!」
隆一「ふぇぇ?」
琢磨「そう、アレは、小学校3年の、夏!」
「SE蝉の声」が流れて、3人がそれぞれ机と椅子を動かす。
隆一は机の中に隠していたキャップを取り出し、ツバを後ろに被る。貴明役を演じる。
◯回想・小学校・3年生の教室
舞台中央に机と椅子がワンセット。客席に向かい置いてある。椅子に座っているのは琢磨。大輔は下手側、貴明(8)は上手側に立つ。
大輔「それじゃあ、産休中の源静先生に、励ましのお便りを出そう!」
琢磨・貴明「そうしよ〜!」
貴明「何が良いかな。お見舞いの言葉と言ったら、"バナナ"とか、"メロン"とか……」
琢磨「バカだなぁ貴明。『早く良くなって下さい』って、手紙に書くんだよ」
大輔「うん、それがなんたって、クラスみんなの願いだもんな」
貴明「そっかぁ」
琢磨、書き始める。
琢磨「静先生の代わりに来た山口先生は、意外と熱血です」
貴明「(琢磨から便箋を奪い取る)夏にアレはキツイです。冬でもきっとストーブいらないぐらい暑苦しいと思います」
大輔「ダメだよ。山口先生の悪口書いちゃ、静先生、ベッドの上で驚いちゃうよ」
琢磨「書き直そうか? 僕たちのクラスのことを、本当によく思ってくれています」
貴明「静先生のいない間の先生ですが」
琢磨「(手紙に書く)静先生のいない間の先生ですが」
貴明「僕たちのクラスのことを」
琢磨「(手紙に書く)僕たちのクラスのことを」
貴明「山口組って勝手に呼んでいます!」
大輔「呼んでない! 呼んでない!」
琢磨「勝手に呼んでいます」
大輔「書くなよ!」
貴明「お父さんの好きな、東映Vシネマシリーズに出てくる人に似ています」
大輔「あ〜、Vシネマ見てるの? いけないんだ〜」
琢磨「雰囲気が似てるの?」
貴明「雰囲気っちゅうか、オーラがのぅ」
琢磨「オーラ」
貴明「関西にある、頭にやの付く自営業の人が身に纏っている、オーラ」
琢磨「どんなオーラだろ?」
貴明「小さい刀や小さい鉄砲をスーツの内ポケットにしまってるみたいで、安心して勉強できません」
大輔「普段、山口先生ポロシャツだよ?」
琢磨「ねえ! 山口組って、何?」
沈黙。
大輔「そうだ! 先生を元気にするために、面白い話送らない?」
貴明「いいね! 書こう書こう!とびっきり思いの!」
貴明・大輔「う〜〜〜ん……」
琢磨「ねぇねぇ! やまぐちグミって、美味しいの!?」
貴明・大輔「……山口先生の入った、グミ……!? うぇぇぇ、美味しいわけないだろ!」
大輔「もう良いよ! 山口先生から離れろよ!」
琢磨「あー、なんか面白い話か〜」
貴明「面白かったら良いの?」
琢磨「おう」
貴明「だったらあるよ! 今考えたの」
琢磨「ほんと? 話して話して」
貴明「まずね、美しい森に囲まれた、小さいけれど静かな池があるんだ」
琢磨・大輔「うんうん」
貴明「そこをね……木こりが通るんだけど」
琢磨・大輔「……、ふ〜ん」
貴明「(独白)その日も一日、沢山の木を切って働きました。夕方になったので、家に帰ろうと、斧を担いで池のほとりを通りかかった時に、間違って斧を落としちゃうんだよ」
大輔「お〜!の〜!!……って、そんなのみんな知ってるよ!」
琢磨「そうだよ、知ってるよ! 斧落として、池から妖精だか女神だかが出てきて」
大輔「そうそう」
琢磨「あなたが、斧を落としたのですか?」
大輔「そうそう、それで」
琢磨「よくも落としたなぁっ! ……って言って、木こり袈裟懸けにズバッと斬るんでしょ?」
大輔「そこはちょっと違う。僕の知ってるのと違う」
貴明「うん、妖精は出てくるよ。『貴方が落としたのは、金の斧ですか? 銀の斧ですか?』」
大輔「うん」
貴明「私が落としたのは、金でも銀でも無いです。白い斧ですけん」
琢磨・大輔「白い斧ぉ!?」
貴明「そう、斧が白いんだよ。斧が白い、斧白い、面白いっ! ったは! ハハハハハ!」
SE・蝉の音が流れる。
貴明は笑ったままフリーズ。大輔と琢磨は机を直して、元の補習室に戻す。終わったら貴明はフリーズを解いてキャップを脱ぎ、隆一役に戻って隆一の席に着く。
全員着席したのち、蝉の音のSEがフェードアウトする。
◯高校・補習用の教室
大輔「所詮アイツは、その程度の男なんだ」
琢磨「な? 酷いだろ。な〜にが『斧、白い』だ。寒いわ! 夏場だったから助かったけど」
隆一「……何者なんだ山口先生!!」
大輔・琢磨「そっちかよ!!」
大輔「貴明がどんだけバカかって話だよ。分かってる?」
隆一「分かってるよ。でも琢磨、お前も相当なバカだよ」
琢磨「ぐっ……大体な、その後も酷い話連発したんだぞ」
隆一「なんだよ」
琢磨「『青い血』って話をし出したんだ」
隆一「青い血!?」
ホラーテイストのBGMが流れて来る。照明は青を基調に薄暗くする。
◯回想・小学校・三年生の教室
隆一が貴明役を演じる。
紙芝居用の紙を机から取り出して、センターに歩み出る。
紙芝居の表紙には青い絵の具で『BLUE BLOOD』と書いてある。
貴明「ある夏の、生あったかい熱帯夜の事だった」
大輔「生あったかい熱帯夜って何だ?」
琢磨「さあ?」
貴明「1人の女の子が、夜遅くまで勉強していたんだよ」
琢磨「うわあ」
貴明「その時彼女は、身体の異変に気づいた」
琢磨「おおっ!」
貴明「お腹が空いてきたのだ」
琢磨「なんだよ」
貴明「1時間か2時間、我慢して勉強していたけれど、さすがに限界が来た。夜食にしようと、近くのコンビニに買い物に行ったんだよ」
大輔「このコンビニの店員が、アレなんだな」
貴明「彼女はコンビニで、おでんを注文した!」
琢磨「夏の熱帯夜って設定だよね!? おでんて……(貴明が睨みつけて来る)別に良いけど」
貴明「卵下さい。あと、卵ひとつ、それから、卵と、あと、卵ひとつ」
大輔「卵はいいから、どうなったんだ!」
貴明「他に蒟蒻、大根、竹輪を注文して、彼女は家に帰った」
琢磨「おお、こっからが佳境かな」
大輔「お前ちょっと喋るな」
貴明「家に着いた彼女は、おでんの具を口一杯に頬張って、30回噛んでから飲み込んだ!」
琢磨「おお〜よく噛むねぇ〜!」
貴明「すると彼女の腹の底から、あるものが込み上げてきた!!」
琢磨・大輔「おおおおっ!?」
貴明「それは、感動の一言だった!! あ〜、おいち」
沈黙。
SE蝉の声が流れて来る。
机を戻す。
◯高校・補習用の教室
大輔「期待通りに、期待を裏切ってくれるよな」
琢磨「でも、コレはいくら何でもなぁ」
大輔「先生に送る手紙だったんだ。それなのにあんな話書こうとするんだから、アイツはバカなんだよ。バカだから、テストで良い点なんか取れるわけねぇの!」
大輔「他にも、算数の時も酷かったよな」
琢磨「あったあった!」
隆一「え? なになに」
大輔「貴明は算数の授業で、まぁトンチンカンな答えだしたんだよ。そう、あれは小学校2年の、冬!」
場面転換のBGMが流れてきて、机は動かさず立ち位置を変えていく。隆一はキャップを被り、貴明の役。一番上手の机に座り、その一つ前の机に琢磨が座る。大輔は教師・静先生となり、下手端の机に立つ。
◯回想・小学校・2年生の教室
静先生「はい。それじゃあ3時間目は算数の授業ですよ。
ジャラン♪ みかん30個の内、18をジューサーに入れました。残ったみかんを3人で分けたら、1人幾つになるでしょうか。はい、貴明君!」
貴明「(起立して)ええ〜と……18個ものみかんは、一編にはジューサーには入りません!!」
一同、ズッコケる。
静「そう言う話は、反則よ」
貴明「でもウチのミキサー、10個が限界ですよぉ」
琢磨「お前んちのジューサーの話じゃねぇよ!!」
静「貴明君と、琢磨君と、先生の3人でみかんを分けるの。貴明君は、いくつもらえるかな」
貴明「僕はみかんは食べれません!」
静・琢磨、盛大にズッコケる
琢磨「誰がお前の好き嫌いの話をしろって言ったんだよぉぉぉ!」
一同・静止。
場面転換のBGMが流れると同時に元の立ち位置に戻る。
◯高校・補習用の教室
琢磨「な? ひどい話だろ」
隆一「それはひどい。みかん18個は無理だ」
大輔・琢磨「そっちかよ!!」
大輔「それだけじゃねぇぞ。小学校で英語の時間があったんだ」
琢磨「ああ、アレか」
隆一「何だよ。これ以上があんのか」
琢磨「そう。あれは、小学校4年の、夏!」
場面転換のBGMが流れる。
琢磨が教師の立ち位置で下手側の机に行き、山口先生を演じる。大輔は上手端の机に行き、その前に貴明が座る。
◯回想・小学校・4年生の教室
山口「はい、今日の学活は、英語の授業をしましょう」
大輔・貴明「は〜い!!」
山口「良い返事ですね。じゃあ大輔君」
大輔「はい!」
山口「本は英語で言うかな?」
大輔「(起立して)Book」
山口「良い発音ですね〜。さて次は、貴明君」
貴明「はい!」
山口「車は何ですか?」
貴明「(起立して)ステップワゴンです!」
山口・大輔、ズッコケる。
貴明「ウチの車は、ステップワゴンです!」
大輔「(小声)バカ! 違うだろ。英語の時間だぞ?」
貴明「(うなづいて)Step Wagon 」
山口・大輔、大きな音を立ててズッコケる。
大輔「車を、英語で何て言うかって聞いてんだよ。カーだよ、カー」
貴明「かかかかかか、か〜」
山口・大輔、再度ズッコケる。
大輔「酷い発音だな。カラスじゃ無いんだから」
山口「まあ、良いでしょう。それじゃ大輔君、朝ごはんは、英語で何て言いますか?」
大輔「Breakfast」
山口「素晴らしいですね〜。それじゃ、貴明君」
貴明、自信満々に起立。
山口「朝ごはんは?」
貴明「納豆でした!」
山口・大輔、再び大きな音を立ててズッコケる。大輔はコケる時に机と椅子を倒す。
山口「納豆でしたか……」
貴明「はい! ネヴァ〜っとしてました!」
山口「そりゃ納豆だからねぇ」
場面転換のBGM。元の立ち位置に戻る。
◯高校・補習用の教室
琢磨「な? 酷い話だろ?」
大輔「もう質問の意味半分もわかってないもん、あいつ」
隆一「しかし、納豆でしたは凄いな」
大輔「だろ? アイツはバカなんだよ。だからテストで良い点数なんか取れる訳ねえーの」
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