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転生して、一日目。
もうパニック状態だった。
何もわからずにさまよって、走って、叫んだ。
日が落ちたら森の中で見つけた洞窟で一夜を明かそうとした。不安と興奮で寝れたもんじゃなかった。目を閉じるのも怖かった。気を失うように眠りに落ちたのもつかの間、夜光虫の群れに襲われて、真夜中にも関わらず逃げるように洞窟を出て、大きな樹の幹に寄りかかって日の出を待った。
二日目。
ようやく、現実を受け入れようという気になった。
襲ってきた夜光虫はわたしのサブアカでも倒せる程度の雑魚敵だったけど、いつ強いモンスターに遭うかわからない。その時が来ればゲームオーバー。さすがにもう一回転生できるかはわからない。わずかな可能性にかける勇気はない。
いや死に戻り系転生ならいけるのか?
訳わかんないことを考えながら歩いていた。
適当なことを考えて気を紛らわせていないと怖かった。
ただっ広い高原。突如現れる森。乾いた空気。見慣れない鮮やかな植物。虫。
見覚えのない世界。
歩いて、歩いて、歩き続けて。
徐々に落ち着いてきた段階で気づいた。
これ、ゲームの世界だ。
夢中でやっていたニアワールドの世界だ。
気づいても、喜びはなかった。
なんとなく感覚でわかっていた。
ここはニアワールドの世界なのに。
ずっと楽しんでいた世界なのに。
わたしは剣士・キリュウではない。
どうして。
ネナベだったから、キリュウとして転生できなかった?
最強じゃなかったら。
ただの来島莉雨だったら。
こんなモンスターがばかすか出る世界で生き残れるわけないじゃん!
無茶苦茶だ!
責任者出てこい!
嘆いても喚いても、神的な存在は現れず。
さまよって、やっと休めるような静かな森を見つけて、切り株に座り込んだ。
アイテムを入れておく革製のウエストポーチに、食料を見つけてとりあえず食べる。あと、瓶入りの飲み物。回復薬だ。
しばらく休むと、頭が回ってきた。
ゲームの世界なら、マップは頭に入っている。
やり込みすぎて細部まで覚えてしまっている。
生えている植物や気候、これだけ移動しても強いモンスターに遭わない事から、ここは初心者が最初に行く草原だと推測できる。
マップでいうと左上部にある高原地帯だ。
こんなところでいつまでもさまよっていたら、食糧が尽きてしまう。
ので、選択肢はふたつ。
ひとつはここから北へ移動して村へ行くこと。
もうひとつは南下してダンジョンのそばの街へ行くことだ。
村に行くのは気が進まない。
人が少ない田舎の村では、よそ者は警戒されるだろう。
もしキリュウとして行くなら、歓迎されるけれど(村人が強い冒険者を接待するのは監視もかねてのことだから、あまり素を晒してはいけないが)、ただの獣人が行ったところで追い払われるのがオチだ。
良くて石を投げられる。悪くて殺される。
なのでダンジョンのそばの街に行くことになる。
街は街で、冒険者相手に飲み屋やその他いろいろ集まる雑多な繁華街で、治安が良いとは言えないが。
早めにお世話になるアテを見つけた方が良いな。
わたしは意を決して、ダンジョン街へ向かった。
「冒険者? そのナリでか?」
「一人で来たのかい、お嬢ちゃん」
街には一応検問がある。
新たに街に入る者は身分証を提示しないとならない。旅人も商人も、そして冒険者も。
わたしは鞄にくっつけてある、星型のピンバッジを見せた。これが冒険者証明証となる。
ギルドに所属していればギルド証、ジョブを極めていれば証が別にもらえるけど、もちろん今のわたしにはない。
キリュウなら5・6個連なってるんだけど。
「別に怪しくはないでしょ。通してよ」
「獣人かい。くれぐれも騒ぎを起こしてくれるなよ」
「気をつけてね。同業から、この街に何の用だって思われるだろうから」
門番Aはストレートにムカつくし、門番Bは気遣っているようで舐めてかかっている口調がムカつく。
多少カチンときたけど、通してくれるならまあ許す。
こうしてわたしは、普通なら中級者が来るダンジョン街に、バリバリ初級者だけどもぐりこんだのだった。
繁華街の中央は広場として整備されていて、待ち合わせとしてよく使われている。煉瓦敷きの街道が交差した空間に芝生が敷かれ、真ん中に時計塔が立っている。ベンチや噴水、花壇などが整備され、待ち合わせスポットとして都合が良い。
そう、ゲーム内ではまさにプレイヤー同士の交流の場になっていた。軽く会話したり、フレンド登録したり、ギルドに誘ったりするのにうってつけの場所。
うわー。
親の顔より見た景色。画面上でだけだったけど。
画面の中でしか見ていなかった場所に実際に来るなんて、聖地巡礼だな。そう思いながらぐるりと人々を見渡してみる。
ちなみにわたしは森の中の水たまりで、自分の姿を確認している。耳と尻尾が猫である猫獣人であることと、服装は典型的な初心者冒険者の格好であることを。
警戒されるほど変じゃないはずだ。多分。
さて周りには、冒険者たちが溜まっている。
わたしと同じように噴水に沿うように立っている者はだいたい誰かを待っている感じだ。初級剣士や魔道士、レンジャーや魔獣使いなど、職はバラバラ。
彼らの格好や街の雰囲気で、ああ、ゲームの世界にやってきたんだな、と感じる。石や煉瓦、革製品、布が主に使われていて、コンクリートやプラスティックが存在しない世界。ただのテーマパークでは出せない雰囲気。土埃の匂い。当たり前だけどスマートフォンもウェアラブルデバイスもない。
時計塔のそばにも同じような待ち合わせ組が数人。そして仕事か仲間を募集している風な冒険者もいる。彼らは手当たり次第声をかけているっぽいので、なるべく近づかないでおこう。今の状況ではパーティに入ってもギルドに入っても低レベルすぎてお荷物だ。
行き交う人々はもっとバリエーションに富んでいる。今まさにダンジョンから帰ってきた冒険者たちや、ダンジョンを調査しにきたっぽい学士集団、陽キャ風なギルド、きわどい格好の女冒険者などさまざま。パトロール中の憲兵集団やパンなどを売る売り子さんも含めて本当に色々いる。
そうそう。
この賑わいが目当てで来たんだよ、わたしは。
一通り街の様子を確認すると、わたしは広場を離れた。
商店が連なる大きな通りを、周りを観察しながらゆっくり歩く。
武器屋、防具屋、アイテム商店が複数あり、さらに酒場などが数店舗。露店も多くあり、果物や野菜らしきもの、乾燥させた虫やトカゲらしきものなどが並んでいる。
異世界感がすごい。
知識ゼロでここに来てたら不安でいっぱいだっただろう。
けれどわたしにとっては画面上では何度も飽きるほど見た景色。
どこに何があるかなんて、裏通りも含めてお見通しだ。
なので、まずやることといったら、宿の確保。
無賃というわけにはいかないので路銀を稼ごう。
そして次に、コネクションの構築。
知人友人を作って、この世界の情報を集める。
王道転生ストーリーなら、困っている村人とかを助けて、信頼を得て尊敬を集めた上で情報をもらったりするけど・・・・・・。果たしてうまくいくか。
正直戦闘能力はゼロに近い。
まともに動かしてなかった交流メインのサブアカだもん。
メインアカのキリュウなら、数値も所有アイテムも丸ごと覚えているけど、この猫獣人に関しては、最初のアバター作りを頑張ったっていう記憶しかない。
ダンジョン攻略など夢のまた夢だ。
うーん。
考えながら、とりあえず草原で得た虫や薬草を商店で売ってお金に換える。
見ない顔だな、なんて言われることもなく、猫耳を珍しがられることもなく、淡々と換金される。さすが有象無象が行き交う繁華街。
お金をそのまま持ってるとスリに遭いかねないのですぐに露店でパンを買い広場で食べた。
まともな食事、久しぶりだ。
ここ二日、鞄に入っていた小さなクッキーと回復薬でしのいでいたから、ただの固くて安いパンがこんなにもおいしい。飲み物ないけど。まあそれは、今後なんとかするとして。
再び来た大通り。
露店連なる賑やかなメイン通りを少し外れると、魔法や魔道具を使うジョブがよく利用する怪しい店が集うエリアになる。
そこからさらに路地裏へ行くと……。
あったあった。
石の壁に何枚かの紙がベタベタ貼られている。
裏掲示板。
ゲーム内では「表には出せない怪しい裏クエストが集まる場所」という設定で存在していた。実際プレイヤーがそのクエストを受けることはできなかったんだけど、こういう小ネタが多いゲームだったんだよね。
で、今なぜわたしがここに来たかというと……。
来た来た。
一人の男が、裏路地に入ってきた。
格好から見るに、レンジャー職。
縄や小型ナイフを携帯している。きっと毒や痺れ薬入りの瓶もどこかに隠し持っているはずだ。
男はわたしに怪訝な顔を向ける。
女獣人が一人で来るような場所じゃないからだ。
しかし声をかけるような事はせず、距離を置いて掲示板を眺め始めた。
うん、ちょうど良いな。
わたしの方から、男に声をかけた。
「ねえ、お兄さん。情報、欲しくない?」
「は?」
男は思いっきり警戒しながら、わたしを見た。
怖っ。
そんな敵意たっぷりの目を向けないでほしい。
一瞬ビビったけれど、なんとか態度には出さずに、
「探してる情報あったら、売るよ」
と、男に提案した。
「んだよ、情報屋かよ……。あいにく、間に合っている」
「お兄さんダンジョン攻略しに来たんでしょ? 欲しい鉱物とか、魔獣の革とか牙とか、あるんじゃない?」
そう。
力のないサブアカに転生したわたしは、記憶しているゲームの攻略情報を売ることにしたのだ。
うまく行くかはわからないけど。
でもダンジョンなんて何億回も行ってるし、最深部だってランダム出現アイテムを取りに何万回も到達している。ちょっとしたものなら、どこに行けば入手できるかすぐわかる。
「情報料は、前金でね。でも安心して。確かな情報だよ」
「はあ?」
やば。この男、完全に疑っている。
前金だから詐欺を疑うのも当然か?
でも情報だけ取られるのもやだだし。
この姿じゃ、逃げられても追うことすらできない。
「悪いけど、オレが欲しい情報をあんたが持っているわけがない。他を当たってくれ」
「そんなぁ!」
「オレはDクラスのクエストを単独で請け負っている。見くびってくれるな」
わたしはメインアカでSSクラスを単独クリアしてるっての!
「いやいや、見くびるだなんて、そんな。話だけでも聞いてよ」
男の目を見て、わたしは訴えた。
……。
ん?
「しつこいぞ。それにオレは今回ダンジョンに来たわけじゃない。旧友に会いに来ただけだ。だからお前に用はない。じゃあな」
「ちょっ……!」
待って、とも言わせず、男は去った。レンジャー職特有の身軽さで。
いや。
それよりも。
男の目を見た時。
なんか、ステータスみたいなもんが見えたぞ?
ゲームではプレイヤーにカーソルを合わせれば見ることができた、プレイヤーのステータス。
HP、MP、レベル、職業。
それが目を合わせて、まばたきをしたら、空間に表示された。
おおお!
凄い!
これ、多分転生者じゃないと見れないアレじゃない?
相手の情報を目を合わせただけで手に入れることができるなんて、便利すぎる。
男には残念ながら逃げられたけど、良い事を知れた。
ちょっと確認してみよう。
大通りに戻って、さっき薬草を売った商店に入る。 店主がじろりとこちらを見た。
わたしも目を合わせたが、この時点ではステータス表示はない。
「店主さん、さっきはありがとう」
と、怪しまれない程度に声をかけてみる。
「青の薬草の相場を教えてほしいんだけど」
「2G。だいたいの品はそこに書いてあるから、勝手に見といてくれ」
店主は壁をあごで指す。でかい紙が貼ってあって、売値買値がずらりと書いてあった。
「ありがとう」
礼を言い、再び店主を見る。まばたきすると、ぶわ、と、ステータス画面が空間に広がった。
冒険者ではなく店主だから、表示されるのは名前と職業、過去の戦歴だけだったけど。
おお、この人、元船長なんだ。言われてみれば腕ムッキムキだな。
その後、路地裏に戻って何人かに話しかけた結果。
ステータス表示には、①相手と目を合わす ②何回か会話する ③大きくまばたきを一回する という三つの条件が必要だとわかった。相手がこっちを認識していないと、ステータスを見ることは難しいようだ。
声をかけずに盗み見ることはできないけど、逆に会話してしまえばほぼ百パー成功しそう。
ちなみに、情報を売る方は全くうまくいかない。
舐められるか警戒されるかの二択。
女の獣人だしな。当然と言えばそうか。
メインアカがうらめしい。まあメインアカで転生していればこんな細々としたことをする必要がないけど。
日が傾きだした。
やば。
そろそろ宿を取らないと、また洞窟で野宿だ。
一回草原に出て薬草とか採って、お金に換えるか、洞窟に戻るか、どこかにタダで泊めてもらうか。
一旦、安宿に行ってみよう。
ポケットには一番安い宿ならギリギリ一泊できる金額が入っている。
明日のためにお金は取っておきたい気もするけど、そろそろ身体が限界だった。
お布団でゆっくり休みたい。
安宿だからお布団のクオリティが心配だけど。 雨風しのげて、横になれれば十分だ。
多少汚くても多少臭っても我慢しよう。
覚悟を決めて、宿へ行ったが。
宿には、満室の文字。
「満室……? うそぉ」
わたしの嘆きを聞いて、周りの冒険者が声をかけてくれた。
「どうやらダンジョンで臨時クエストが発生したらしいぞ」
「強い冒険者が一儲けしようと押し寄せているらしい」
そんなぁ!
結局、昨日と同じ洞窟で夜明けを待つハメになった。
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