サブアカ転生

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 一日目、二日目と、ゲームの情報を持っているわりにはぐだぐだだったけれど、死なずに飢えずに、なんとか三日目を迎えられた。  お日様がまぶしい。周りが明るくなって、やっとほっとした。  日が昇りきったら、すぐに街に向かった。昨日いっぱい捕った夜光虫を抱えて。商店は営業前だったから、行商らしきおじさんに声をかける。二・三回会話をラリーして、ステータスを確認した後、安く売りさばいた。  行商人は、ご自慢であろうたっぷりと蓄えたヒゲをいじりながら言った。 「商店で売れば、もう少しましな値段になっただろうに。こっちはありがたいが」  と、首をかしげる。 「ちょっと訳有りでね」  不思議そうな顔をした行商と別れて、わたしは大通りへと向かった。  昼、夕方とはまた違った光景が広がる。  ダンジョン街名物、朝食屋台がずらりと並んでいた。  そうそう!  これこれ!  匂うスープの香り。焼いた小麦や乾燥肉の香り。 石畳が見えないくらいの人混み、ざわめき。お鍋や鉄食器の音。  おいしそう……!  冒険者たちは、普通の人々に比べて金払いが良い。 ダンジョン攻略が目的の冒険者を狙って開かれるこの屋台群は、彼らの財布を開かせるために腕を競い合っている。  なのでここは、自然とグルメな通りになっているのだ。  漂う匂いをかいで、急にお腹が減ってきた。  二日間、まともに食べていない。  さて、何を食べよう。  人の波をかき分けて、屋台を順々に覗く。  見るのは店の前に掲げられているメニューと値段。ダンジョン攻略目当ての冒険者を相手にしているからか、相場より割高だ。うーん。悩ましい。  四店目のサンドイッチ店を覗く。お、ここはスープをつけても予算内に収められそう。お客さんも女性が多め。 「すいませーん。このスープ、具は何?」  店主に聞いてみるが、返事がない。  忙しすぎて手が回らないのか、単に無視しているのか。かなり若い、頬に傷のあるヤンキーみたいな少年だ。 「す・い・ま・せ・ん!」 「干し肉とコーン」  聞こえてるじゃん! 無視すんなや!  でも、目が合った隙に見たステータスを確認すると、そんなに悪い人じゃなさそう。家は農家で兄弟が六人いる、一家の稼ぎ頭と表示された。  料金を払って、サンドイッチとスープを手に入れた。スプーンとかなくて器から直飲みだけど、あったかくて、そして美味しい。干し肉とコーンと、あと野菜が数種類入っている。  サンドイッチは卵と野菜が挟んであった。クリーミーなソースがアクセントになっている。  ……。ここは異世界だから、卵は鶏の卵じゃないだろうし、肉も牛や豚じゃないんだろうな。……。たとえこの肉がグロいモンスターだったところで、空腹の前ではどうでもよくなるけど。美味しいし。  異世界孤独のグルメを堪能したわたしは、器を返して人混みをかき分けて、ひとまず脇道へと入った。 さて。  今日も情報を売り込みにいきますか。  昨日みたいに闇雲に声をかけても、仕方ない。もっと効率の良い方法があればいいのだけど。  うーん。  考えても仕方ない。  街は今日もにぎやかだ。ただ、昨日昼に見た光景と違って、朝だからか、今からダンジョンへ向かう元気いっぱいな冒険者が多い。  ま、まぶしい……。  もっとレベルが上なら、ダンジョンで一稼ぎもできただろう。  まっすぐに冒険を始める若者達が、正直うらやましかった。  でも、人をうらやんでも、何にもならない。  持ってるカードで勝負するしかない。  飢えるのも嫌だし、野宿だってもう嫌だ。  今日こそ手に入れるぞ、お布団で寝るお金を!  ……。  結論から言うと、さんざんな目に遭った。  今日も路地裏で待機、冒険者に声をかけていた。  一人目は、女勇者。金が欲しいならやるよ、と、一泊の料金相当のお金を恵んでくれた。  幸先いいな……。いや、これじゃ乞食じゃん! 物乞いじゃん!  さすがに悪いので、ダンジョンの隠し部屋を教えた。中層階にあるその部屋は、運営の遊び心かやけくそか、宝箱が山のように置かれている。中身はほとんど空で、嫌がらせか? と思うが、一個か二個はうれしいレアアイテムが入っている。  女勇者は、はは、ありがと、と一切信じていない感じで去って行った。  二人目は中年の商人兼冒険者の男。「欲しい情報を売る」と持ちかけると、紳士的に断わられた。  そして、 「お嬢ちゃん、ここはダンジョン街だよ。有名な歓楽街でもあるから、そんな声かけをしてたら勘違いされてしまう」  と笑われる。  へ、へぇー。勘違い、ねぇ。飲み屋の客引きだと思われたり?  ……って、いやこれもしかして、パパ活的な誘いだと勘違いされるってこと?!  ちょっと待って無理無理無理無理!!  そんな稼ぎ方をする度胸も経験値もないよ!  三人目に声を掛ける頃には、すっかり日は高くなっていて、声を掛けた男は無言だったが、いきなりわたしの腰をつかんだ。  突然の事にこっちが反応できないでいると、ベルトに下げていた布袋をひったくって逃走した。 「ちょっ……!」  待ちやがれ!  反射的に大声を出していた。  やられた!  女勇者からもらった宿代が丸ごと盗まれた!  走って追いかけても距離は縮まらない。獣人の基本能力として脚力は結構あるはずなのに、どうやら相手の逃走スキルの方が上のようだ。ついて行くのがやっとだ。  ステータスを見ていないため、相手の名前も職もわからない。  あああ、逃げられる! 「泥棒!」「逃げんな!」「ただで済むと思うなよ!」「聞こえてるだろ、馬鹿!」  叫んでいると、大通りへ出た。  人混みに紛れる気だな!  これはさすがに見失いそう! 「誰かそいつを捕まえて!」  大通りへ出た瞬間。  そいつが、目の前から消えた。  え。  訂正。消えたのではなく、吹っ飛ばされていた。  な、なに?  全力で走っていたわたしは止まろうとしたが、止まり切れずに前へつんのめった。  よろけて、何かにぶつかる。  ひやりとして、固いもの。これは……、鎧? 「どうした。あの男は、一体何をした」  鎧がしゃべった。  いや、鎧を着た男がしゃべった。  わたしは今、鎧を着た男の胸に飛び込んできた女になっている。 「ひったくられて……、荷物を……」  息絶え絶えにつぶやくと、 「そうか、泥棒か」  と、鎧の男。  追いかけていた泥棒は、吹っ飛ばされて道の真ん中でノビていた。やじうまに囲まれている。 「憲兵に引き渡そう」 「あの、ありがとう……。助けてくれて……。あなたは……?」  言いながら、わたしはまばたきをした。  ぶわ、と、ステータス画面が広がる。 「私は国王軍の騎士・ジェイド」  見えるステータス画面と違いはない。 「これも騎士の務めだ。気にするな。立てるか?」  わたしが頷くと、ジェイドは泥棒の方へ行き、手にあった布袋をわたしに返してくれた。  すぐに中をチェックする。女勇者がくれたお金がちゃんと入っていた。よかった、くすねられていない。 「おい、起きろ泥棒」 「んだよ……」  ノビていた男は、起き上がるのもやっとのようだ。 男がわたしを睨みつける。 「ケッ、獣人風情が。人間みてえにふるまってんじゃねぇよ」  はぁ???  全財産盗ったあげく、言う言葉がそれかよ! 「騎士様も騎士様よ。小汚いケモノにかまうほどお暇とは、ずいぶん良いご身分だな」 「小汚いのはお前だ」  ジェイドは表情一つ変えずに吐き捨てた。  やがてやじうまの中の一人が連れてきた憲兵たちに、泥棒は連行されていった。覚えていやがれ、と叫んでいる。見事な負け犬の遠吠えだ。 「災難だったな」 「ほんと、マジでかんべんして……。騎士さん、ありがとう。おかげで野宿せずに済んだ」  慌ててお礼を言う。 「なによりだ」  ジェイドは面倒ごとは終わったと言うように、さっさとその場を立ち去ろうとした。 「あ、待って、騎士さん」 「どうした」 「魔鉱石で探しているものがあったら、山脈に行くといいよ」 「はあ?」 「紫の魔鉱石なら、装備は炎属性でまとめて、山頂で夜明けを待つ。朝の光でのみ紫に光るから、それを目印に掘っていくと見つかるよ」 「どういうことだ」  ジェイドの眉間にしわが寄る。  なぜ紫の魔鉱石を探していると知っているのか。  なぜ騎士も見つけられないようなレアアイテムのありかを、ただの獣人が知っているのか。  ジェイドが疑うのも仕方がない。 「信じられないなら信じなくていいけど。行くならむちゃくちゃ寒いから絶対炎装備ね。炎の攻撃魔法が得意な人をパーティに入れると、より安心」  スラスラと話すわたしに、ジェイドの表情はさらに険しくなる。  そんな怖い顔をしないでほしい。  こっちは、一応お礼として情報を渡しているんだからさ。 「なぜお前が、そんなことを知っている」 「それは企業秘密」 「きぎょう……?」 「とにかく、だまされたと思って一回行ってみてよ」 「信じられるか、そんな事」 「妄言だと思うなら、そう思ってくれてかまわないけれど」  わたしは、自信満々に言った。 「信じて損はないと思うよ♪」
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