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ベッドから起き上がると、自分の部屋にいた。
壁掛け時計は六時半を指している。
六畳の部屋に、ベッドと、学習デスク。デスクの上には大きなモニターが置いてあって、画面にはニアワールドの世界が広がっていた。
ああ、ゲームの途中で寝ちゃったんだ。
クエストの途中で落ちちゃったかも。仲間に後で謝っとかないと。
それにしても、なかなか良い夢を見たな。ニアワールドの世界に転生するだなんて。サブアカで転生するとか、意味わからんかったけど。
いつも見ていた世界が、まるで現実にあるかのように味わえた。
別に目覚めなくても良かったくらい楽しかった。
まあ、そんなアホなこと言ってもしょうがない。
おとなしく現実に戻りますか。
わたしは大きく伸びをして、
そして、
目が覚めた。
ん?
んん?
今のが、夢?
え、じゃあ。
わたしは飛び起きて、頭の上を確かめた。
ぴょこぴょこ動く猫耳の感触がある。
部屋を見渡すと、時計もモニターもPCもない、プラスティック製品もない部屋。
木製の小さな机と椅子、そしてベッドと、壁には大きな姿見があった。
ここ、宿じゃん。
ダンジョン街の中央広場に面した宿じゃん。
姿見を覗き込むと、猫獣人がにいた。
頭から生えている猫耳。お尻から生えているしっぽ。
転生!!
やっぱしてるんじゃん!!
むしろさっきの前世の部屋の方が夢!
鏡を見つめたまま、まばたきをする。
すると、ぶわ、とステータス画面が広がった。
あ、これ、自分自身も対象なんだ。
獣人。職業・レンジャー見習い。レベル14。HP、MPとも満タン。それはそう。だって久しぶりにぐっすり寝たからね。
これが私のステータス画面だ。
問題は、名前だ。
♡りいてゃ♡
……。
…………。
ばっかじゃねーの???
過去の自分を呪うほどのアホネーム。
周りもまさか、剣士キリュウと獣人♡りいてゃ♡が同一人物だとは思うまい。
これは、どうすべきか?
名前変更ってできるんだっけ。
いや、この世界の人にステータス画面が見えるわけじゃないから、問題はないのか。今のところは。……本当に?
でもどうしようもない。
複雑な気分でステータス画面を閉じる。まばたきをもう一回すれば、表示がオフになるのだ。
てか、レベル14って。
しかもレンジャー見習いって。
ほとんど何もできないに等しい。よく生きていられたな。今まで。
ゲームの中では、この世界は人々の生活する都市や街、村には魔法結界が張ってあり、人が住む場所以外はすべてモンスターが湧いて出てくる呪われた地である、という設定だった。
つまり一日目・二日目に走り回ったり野宿していた草原や森は、実はモンスター湧き湧きの危険地帯だったわけだ。初心者エリアだったから、まだマシだったけれど。
あらためて、自分の全身を確認する。
猫耳、しっぽは薄い橙色で、髪は赤毛。肩には届かない長さの、外ハネ気味でふわふわした髪質だ。
目は大きく、猫っぽいツリ目だ。グリーンを帯びた光彩。肌は色白。身長は前世より少し低めで、ちょっと若返っている。顔の感じが幼くてローティーンっぽい。15歳くらい?
服装は一般的な初心者冒険者風。麻のシャツに革製のホットパンツだ。今は脱いでいるが、ゴツ目のロングブーツを履いている。どれもこれも三日間の放浪生活でまあまあ汚れている。
肌は焼けているし、痩せぎすだし、正直あのクソ泥棒に馬鹿にされたのも、この見た目じゃ順当なところかもしれない。それでもアイツは人としてどうかとおもうけどな。
宿の主人に鍵を返して、退室を告げる。
「ちなみに、どこか温泉か銭湯はある?」
「商都や港湾都市にならあるかもしれないが、この辺じゃ見ないね。ここの洗面所なら貸せるが、使っていくかね」
「そうなの? ありがとう」
主人はついでに身体を拭くための布きれもくれた。親切だ。というか、放っておけないほどわたしの身なりがヤバいのかもしれない。
お礼に薬草を三束渡し、身体を冷水で濡らした布で拭いてから、宿を後にした。
宿屋の主人が言っていた「商都」や「港湾都市」は、「ニアワールド」の世界にもあった都市だ。レベルを上げないと行くことすらできない場所。もちろんメインアカでは飛行獣を使っていつでも自由気ままに行ってたけど。
とりあえず、記憶にある「ニアワールド」の地図とそのまま同じと考えて問題ないだろう。
わたしは残りの薬草をお金に換えに、商店へと向かった。
いつもの商店の主人(元船長)が手早く、多少乱暴に品定めと換金を行う。
「あれ、今日なんか買い取り金額高くない? 薬草一束で2Gじゃなかった?」
「3Gだ」
店主はぶっきらぼうに答えた。
「臨時クエストの影響で、相場が上がっている」
「そうなの? ありがとう。でも臨時ならそろそろ終わる頃だね」
「明日には2Gに戻っているだろうな。お嬢ちゃん、意外と物知りだな」
子供扱いって感じの言葉に、内心ムッとした。
失礼な。本当は物知りどころじゃない、隠し要素まで全部知ってるレベル99の廃人ゲーマーだっつうの。
わたしは、
「一応、冒険者なんだけど」
と口をとがらせて訴える。
しかし、
「そうかい」
と、かるくいなされた。むむう。
臨時クエストの期限はだいたい二、三日だ。
なんで覚えてるかっていうと、簡単な話。ニアゲームの中で臨時クエストは、土日、もしくは土日祝の三連休中の開催だったから。週末はマジでゲーム漬けだったな、臨時クエストのせいで(ちなみに臨時クエストがなければゲーム漬けにならなかったというわけではない)。
前世の行いに思いをはせながら、再び路地裏へと向かったが、空振り。なんか怖そうな集団か、一言も話さない怪しい人間にしか会わなかった。
昼からは草原に出て、小銭を稼ぐために薬草と虫を確保。虫の方は売ってすぐお金にする。薬草は、半分は保存。もう半分は自分で消費した。味はモロに草の味。塩くらいは欲しい。虫になった気分。けど、食べてしまえばこころなしか疲労が取れた気がする。
夕方。
一応路地裏に行って少し待ってみたが、人が通ることはなかった。もう臨時クエストが終わってしまって、ダンジョン街から冒険者が出て行ってるのかもしれない。
路地裏から移動して、ひとまず大通りに出る。
そして目についた安いパンと果物を確保。
露店のお安い品物がまだ残っているということは、マジでクエストが終了したと考えていいだろう。
てことは、安宿にも空きが出ているはずだ。
よしよし。昨日みたいな立派な宿には、さすがに毎回泊まれないし、今日は安宿に決まり。……いや、宿代の節約で、また野宿するのもありだな。あの洞窟は夜光虫に襲われる可能性はあっても、強いモンスターや怖い人間に襲われることはない。街の中でホームレスになってスリや自警団にビビりながら夜明けを待つよりは安全とも言える。
色々考えながら、昨日よりは人が減ったとはいえまだまだ賑やかなダンジョン街の大通りを歩く。
日が暮れ、徐々に薄暗くなってきた。
街灯がぽうっと点く。温かみのある火の魔法。
繁華街の夜はこれからだと言わんばかりの人のにぎわい。
前世で、夜遊びなんてしたことなかったな。
小さい頃、地元の夏祭りに行ったくらい。
きょろきょろしながら歩いていると。
ふわふわした気持ちを遮るように。
ガッ、と。
腕を捕まれた。
「何? 誰? 何すんの!」
「見つけたぞ、獣人娘……」
「はあ?」
わたしの腕をつかむのは、鎧の手。
全身甲冑で覆われた身体。頭には兜。
もしかして……。
鎧の男は顔をも覆い隠す重い兜を外した。
「オレだ、オレ。騎士・ジェイド」
「びっくりしたぁ。なんだ、ジェイドか」
「なんだとはごあいさつだな」
ちなみに全身鎧の時点で、まばたきしてステータスを確認したから、正体はわかっていたけどね。
驚いてあげるのが礼儀ってもんだ。
「獣人娘、探したぞ」
「探した? なんでよ。騎士様が何のご用?」
「ご用も何も、貴様の言うとおりだった」
「というと……」
「魔鉱石。貴様の話の通りにしたら、苦もなく見つかった」
ジェイドは苦虫を噛んだような顔で言った。
なぜそんな悔しそうな顔で。
もうちょっと喜んだり、感謝するなりして欲しい。
「どういうことか、説明をしてくれ。なぜ知っていた。なぜオレに教えた」
「なんで教えたかって、そりゃ、感謝の気持ちだよ。恩返し。猫の恩返し」
「では、なぜ知っていた」
「それは……。話せば長くなる」
「なんだと」
「そんな一言では説明できないよ。深い深い事情が……」
「貴様、晩飯をタカる気か。まあいい。近くの酒場に行くとしよう」
「はぁ? そんなつもりないし! 勝手にタカりとか言わないでくれる? 失礼な!」
そして、冒頭に戻る。
わたしは今までのことを、真面目に、嘘つかずに、あらいざらい話した。
結果、頑固者な騎士・ジェイド様の眉間のしわを深ぁーくすることになったのだった。
異世界。キリュウ。サブアカ。
ちなみに酒場のご飯はどれもこれも抜群に美味しかった。さすが、騎士様のお食事。酒場の雰囲気は場末も場末、騒がしくて下町感がすごいけど。
案外こういうところのご飯の方が、高級店より美味しいのかもしれない。
「貴様、食事はずいぶん楽しそうに食すのだな」
「ちょっとジェイド」
「何だ」
「貴様、とか、獣人娘、とかさ。そんな呼び方しないでよ。わたしにもちゃんと名前があるんだから」
「それもそうだな。すまない。ではなんと呼べばよい」
「え?」
「え、って、貴様」
「あー。ちょっと、考えさせて」
思い出して欲しい。
わたしのゲームでの名前は、過去の愚行により「♡りいてゃ♡」だ。
さすがにジェイドにこの名前を言いたくない。お堅い騎士様であるジェイドに「てゃ」が発音できるとも思えないし。
ここは前世の名前、莉雨でいいのかもしれないけど……。
考えていると、お尻のしっぽに意識が向いた。
椅子の背もたれで窮屈そうにしているしっぽ。前世にはなかった、転生の証。
「……リオ」
「? 何だ?」
「ジェイド、わたしのことは、リオって呼んで」
獣人の尾っぽが生えている莉雨、略してリオ。
前世とは見た目も違うし種族も違う。だから名前も、前世とはあえて違う名前。
「リオ」
「そう! よろしくね、ジェイド」
正直、まだ違和感あるけど。
当初の目的は達成した。
コネクションの構築。まさか国王軍騎士団の騎士様と知り合えるとは思わなかった。
これから先。
わたしはジェイドに情報を売りながら、住み込みでの働き口を見つけ、街の人々と交流して、この世界に馴染んでいく事になる。
レベルを上げて、情報を仕入れて。
いずれは、偽のキリュウの謎を解きたい。
一体誰が、キリュウの名を名乗って残酷なふるまいをしているのだろう。
まさか同じ転生者?
わたしの最強アバターで勝手に俺つえーしているとか?
その場合、わたしの責任でもあるって事?
とにかく。
冒険はまだ始まったばかり。
「どうしたリオ。呆けた顔をして」
「呆けた?! 失礼ね!」
しばらくはジェイドとこのダンジョン街を謳歌しよっと!
終
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