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わたし、来島莉雨。女子高生。
まあでも、世間一般で言うところの青春まっただ中でキラキラした女子高生ではない。
小学校高学年くらいから、どうもこの世は住みづれえな……と思い始めて、そこからどう進学しても転校しても浮きまくったから、最終的にゲームの世界に逃げ込んでた系女子だ。一軍女子とかいうのって、こういうこと思わないらしいね? ええなあ、弱そうな教師無視して二軍女子に彼氏できたらメンチ切ってく人生(皮肉)。
でも生き辛えこの世で、我慢しながらなんとか高校生やりつつ、オンラインゲーム「ニアワールド」の中で色々な人とつながった。
ゲームの世界にいながらも、たまにリアルの愚痴とか聞いたり、話したりして。
ギルドに入ったり抜けたり、アイテム交換したり協力してクエストをクリアしたり。
リアルを生きるゲーマー達とたくさんやりとりしていくうちに、この世は生き辛えけど捨てたもんじゃねぇな、と希望を持ち始めた。
虚構の世界で人間関係築いても意味ないって言われるかもしれんけど。
でも、関わってるのは間違いなく生身の人間で、単位ギリギリの大学生だったり、子育てが落ち着いた主婦だったり、ごく普通の社畜(自己申告)だったり。
普段なら全然接点のない性別年齢バラバラの人たちがさ、わたしが学校行って帰ってきたら、おかえり、がんばったねって言ってくれた。
成人したら勝ちだから、勝ってくれな、って励ましてくれたり。
現実エンジョイ勢でいこうぜって言ってくれたり(ここで言うエンジョイ勢は、力を抜いてマジにならずに行こうぜって意味で……青春キラキラとはまた別の感じで……伝わるかなこのニュアンス……)。
とにかくわたしにとって、オンラインゲームの世界はなくてはならないものだった。
性別は偽って、男として剣士のキャラを操作した。
最強を目指して毎日ログインした。
レベルはカンスト。
イベントは全参加。
ランキング上位勢。
「ニアワールド」の中で、わたしの操作する剣士・キリュウはどんどん有名になった。
この優越感も癖になった。正直「俺つえー」って思ってた。
だから、多少無理してでもログインしていた。
転校初日の前夜も。
テスト直前も、直後も。
持久走大会の後すぐも。
そして、あの日も。
その日、お腹がひっくり返るみたいに痛くて、結構ヤバいかも、と思っていた。けれど結局、学校から帰った後すぐにゲームにログインしていた。
そのうち治るでしょ、って高をくくって。
しばらくして、顔が熱くなってくるのを感じた。
難易度の高いクエストの真っ最中で、集中しているのに、あれこれおかしいぞ? と、気づいた。それほどの、高熱。
これは普通じゃない。さすがに放置できない。
一旦、体温を計った方がいいかも。体温計って、どこにあったっけ。リビングのどっかにあるよね。
そう思って、二階の自室から階段を降りた瞬間。
足元がふらついて、
そして、
目の前がぐるぐるまわって、
そして、次は真っ暗になって……。
「そんな話を信じろと?」
目の前に座る、騎士・ジェイドが怪訝な顔でわたしを見た。
酒場は日が落ちたばかりで騒々しい。ジェイドの氷のように冷たい視線とのギャップがすごい。
うーん。
まあ分かるよ。こんな話信じろったってそうは行かないよな。うん。
でも事実なんだよなぁ。
「確かに、」
わたしはジェイドの目を見て、
「ここではない別世界から転生してきたなんて話、信じられないだろうけど、」
と続けた。
頭の上の猫耳がキュッと動く。
まだいまいち慣れないんだよなぁ。頭の上に耳がある事に。
「でもマジでそうなの。わたし異世界から来たの」
「……」
ジェイドの怪訝な顔。
「信じてない!」
にゃあ!
わたしの耳としっぽにある毛がぶわっと逆立つ。
いや逆立っているかどうか、本当はここからじゃ見えないからわからないけど、なんか毛が広がったっぽい肌の感覚がする。
慣れないなぁ。だって獣人三日目だもんなぁ。
「お前の話をまとめると、お前は前世で、魔法の存在しない異世界から、こちらの世界に剣士・キリュウとして干渉していた。しかし病に倒れ、気がつけばこちらの世界に獣人として生まれ変わった。そう言いたいんだな」
「……うん」
驚いた。
わたしの要領の得ない話を、ジェイドは一応理解しようと努力し、まとめた。
すげぇ。
この騎士、頭がキレる。
全然信じてない顔してるけど。
まあしょうがない。わたしだって自分のことながら未だに信じられない。
転生、だなんて。
酒場。
石造りの街。煉瓦が敷き詰められた道。
中世ヨーロッパ風なような、ちょっと違うような、ファンタジーな町並み。
酒場の人々は麻の服や革製の小物、真鍮製の時計などを身につけ、難易度の高いクエストの話やモンスターの話、王都の政治の噂などを話している。
人に会って話して、より実感する。
前世とはまるで違う世界に来てしまったこと。
このファンタジーな世界でどうにか生き抜かなきゃならないこと。
周りをきょろきょろと眺めるわたしを見て、ジェイドは咳払いをした。
騎士・ジェイド。レベル51。
王国軍所属の騎士だ。
わたしは言葉を数回交わした相手の、レベルやHPなどの個人情報を見ることができる。
意識的に一度、まばたきをすれば、対象者のまわりにステータス画面が浮かび上がる。
前世で、ゲームの中で見ていたステータス画面そのままだ。
現地人が持っていなくてわたしが使える唯一の力。
意外と役に立つ能力ではあるけど、転生ボーナスにしてはしょぼすぎると思う。
もうちょっと何か欲しい。
「一つ聞くが」
ジェイドが相変わらず険しい顔で、
「貴様は剣士・キリュウだとして、だ」
と、わたしに言う。
「どうして獣人の姿なんだ」
ジェイドが疑問に思って当然だ。
今のわたしは最強剣士とは真逆の、軽装の猫耳姿。
性別すら違う。
でも、正直答えるのがイヤだ。
こんな話、聞いても理解できないと思う。
「実は、遊びで作ったサブアカで転生しちゃってて……」
「さぶあか」
ジェイドは険しい顔で、わたしが発した聞き慣れない言葉を繰り返した。ギャップがすごい。笑っちゃいそう。いや笑っちゃダメなんだけど。
「わたし、メインアカはガチガチの最強剣士だったんよ。でもそれだと皆を助ける一択じゃない? 姫プレイできないっていうか。そもそもメインアカでは男だったし。たまには違う楽しみ方もしたいなって、サブアカを作って、」
「待て獣人。異国語を話すな」
ジェイドが慌てて止める。
「うーん。わかりやすく言うと。元々獣人じゃなくて男剣士としてこの世界に干渉してたのに、転生したら女の獣人になっちゃった」
「最初からそう言え。つまり貴様は男なんだな」
「いや、女です最初から」
「わけわからん……。貴様と話すと頭痛がする」
「がんばれ♡」
わたしの言葉に、ジェイドは刃のような殺気だった視線を向けた。へへ、すいませんねぇ。
そう。
ジェイドに説明したとおり、わたしはゲームの世界に転生した。……したっぽい。証拠はないけど、状況を見る限り、異世界転生だとしか思えない。
転生するのは別に良い。
良くはないけど、前世の記憶は高熱が出て体調がやべぇってところで途切れているから、きっとわたしは病によって急死したのだろう。
病死で終わりよか、転生して再び生きる方がいい。断然いい。
わたし、前世であんなに生きるのに苦労する系女子だったのに、自殺願望は実はなかった。生きることに結構貪欲だった方だと思う。
でもさ。
せっかくならさ。
転生するなら、最強剣士として転生したかった……!
なんで、ろくにレベリングもしていないサブアカの獣人キャラで転生してるんだよ!
どういうことだ、神!
いや神なんているのか?
転生してるのに最初に説明してくれる神っぽい上位存在的なモノに会っていないぞ? 事故死じゃなかったからか? とにかくこの時点でイージーモードではないことが確定。さようなら転生ボーナス。さようなら神を強請る権利。
わたしが嘆いている間に、ジェイドが頭痛から回復したらしく、
「信じがたいが、しかし貴様が北の山脈にある魔鉱石について知っていたのは事実だからな……」
と頭を押さえながら言った。
北の山脈の岩場は、レベル中級のクエストのひとつ。前世でのゲームではつまづきやすいところのひとつで、ここをクリアできなくて諦めたって人も多いクエストだ。
だがしかし、最強剣士だったわたしにとってはどうってことない。よく中級者と一緒に行ってクリアを手伝っていた、鉄板コース。
今は力のないサブアカだけど、記憶は残っている。
だから必要なアイテムと装備、そして補助魔法を鍛えている仲間を連れて行くことを、ジェイドに勧めたのだ。
結果。
なんでそんな事を知っているんだと詰められている次第。
理由を話したら話したで、全く信じてもらえない。てか理解もされない。
……当然だけどね!(笑)
「ひとつ忠告しておく」
「な、なに」
「キリュウの名前は今後二度と出すな」
「ああ、まあ、確かに信じてもらえないだろうし、こういう風に誰かに詰められる機会でもない限り、言うことなんてないよ」
多少嫌みをこめてジェイドに言うと、ならいいが、とあっさりとした返事が返ってきた。
深い紺色の長い髪を後ろで束ねている。たくましい体格。印象深い黒々とした瞳に、傷だらけの皮膚。
いかにも騎士、といった顔だ。甘さとか優しさとかはひとかけらも感じない。
「いいか。キリュウは残酷な独裁者として有名だ」
独裁者……?
なにそれ。
てか、キリュウって、この世界に存在してるんだ?
わたしのメインアカ。
寝ても覚めてもログインして育成してきた、廃人アカウント。
わたしはここにいるのに、キリュウは生きて動いている?
一体どうして。
混乱するわたしを一瞥して、ジェイドはつぶやいた。
「お前の身のためだ。妄言を吐くのは自由だが、キリュウの名を名乗っていてはいずれ身を滅ぼすぞ」
ジェイドは厳しくわたしに忠告した。
堅物で、笑顔ひとつない、厳しい印象の男。
けれど、だからこそ、彼の言葉は嘘じゃないと思えた。
キリュウが、独裁者。
背筋が凍る。
わたしのアカウントで、誰かが大暴れしている。
止めないと。
でも、どうやって?
騎士ジェイドとは、ダンジョン最寄りの繁華街、通称ダンジョン街で出会った。
今日までのこと、転生して一人でなんとか耐えた四日間のことを、わたしは思い返した。
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