一ミリもハズれない場所

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 長野駅でバスを下車すると、俺はタクシー乗り場に歩いた。  開いたドア。後部座席に乗ろうとした刹那、背後から肩を叩かれて振り返る。 「えっ?」  ベリーショートだった黒髪が栗色のセミロングに変わっている。だけど、その顔、その姿……。 「真司、お帰り!」  美波は悪戯っ子みたいに笑う。もう、驚き過ぎて倒れそうだ。 「なんで?」 「なんでって?」 「俺、君の葬式に出席するために帰ってきたんだけど」 「あっ、そう」 「あっ、そうって……」 「ごめん、時宗に頼んで嘘ついて貰った」 「嘘……」 俺はヘナヘナとしゃがみ込む。 「ひでーよ、時宗のヤツ」 「お客さん、乗るんですか?乗らないんですか?」の運転手の声に、俺は「すいません、乗りません」と答えて頭を下げる。  美波はしゃがむと膝を抱え、俺と目線を合わせた。 「さて問題です。今日は何月何日でしょう?」 「えっ、ああっ!!」 俺は頭を抱えて身悶える。 「クソッ!四月一日、エイプリルフールじゃねーかああーっ!」 ツムジに「ガハハハッ!」と懐かしい美波の笑い声。 「簡単に騙されちゃって、かわゆいなぁ〜、真司は」 「アホらしい、もう東京に帰る!」  ムクれて立ち上がりバックを持つ。その手を彼女が掴んだ。 「待ってよ、せっかく帰ってきたんだからゆっくりしてきなよ。どうせ会社も休むんでしょ?」 「そうだけど……」 「実はさ、真司に話したいことがあったから呼んだんだよね」 「話したいこと?なんだよ?」 「んーっ」 上目遣いを俺に向ける美波。  その目は立派な反則武器。 「手、凄く冷たい。氷みたいだ」 俺は彼女の手を握り返す。 「もしかして、ずっと駅で待ってたの?」 「うん」 「バカだなぁ〜」  俺は美波を暖めてやりたくて二十四時間営業のファミレスに誘ったけど、彼女は首を振った。 「あの夜の広場に行きたい」 「広場、どこ?」 「お祭りで花火を見た広場」  中二の俺が初めて美波を意識した場所。駅から徒歩十分弱。俺達は歩いて思い出の場所に向かう。途中、会社に休むと連絡した。  悠々と流れる千曲川。毎年、花火は河川敷で打ち上がる。俺達は近くの広場に立った。 「ねぇ、中二の花火大会を覚えてる?」  ここに立ち、美波と時宗、三人で花火を見たのは、中一、中二、中三の三回だ。その中で中二は特別。 「勿論、覚えてるよ。この場所は絶景スポットだから凄い人混みだったよな?」 「うん、人に押されてさぁ〜、真司と私の肩がぶつかった」  ついでに手もな。覚えていないだろうけど。  隣から細い声が聞こえる。 「小指……」 「えっ?」 「小指がずっと触れてた」  瞬間、心臓が跳ねる。俺は美波を見た。 「嘘だろ?」 「何が嘘?」 「どうしてお前が覚えてる?」 「どうしてって……大切な思い出だから覚えてるんだよ。真司も覚えててくれたの?」  これはヤバい質問だ。自分の気持ちが彼女にバレちまう。 「あー、えっと……何となく」 「そっか。私は鮮明に覚えてる。だって、あの夜に恋したから」 「時宗に?」  俺の問いに美波は答えない。そして「次、行こう」と微笑んだ。 「次ってどこ?」 「家の近所の噴水公園」  駅に戻りタクシーに乗った。後部座席、横に座りニッと口角を上げる彼女。 「私、金欠だからタクシー代、真司のおごりで宜しく」 「分かってますよ」  バナナミルクの紙パックジュースが大好きで、会うたび公園の自販機で買わされたのを思い出す。美波の財布はいつも金欠だった。  タクシーから降りて公園内を歩く。緩く吹く風。囲んだ樹木がザワザワと緑色の葉を鳴らせている。 「この公園、三人で良く来たね」 「ああ、だな」  ここに最後に来たのはエイプリルフール。俺の片想いは、この場所で迎えた十二時で終わった。  あの日と同じベンチに並んで腰を下ろす。目前、相変わらず勢いよく噴き上げる水飛沫にチクリと胸が痛む。美波が少し俯いた。 「あの日……」 「あの日?」 「時宗と私が付き合ってるって……」 「ああ、その日ね」  忘れられるはずがない。ショックだったから、一分前みたいに覚えてる。 「あれ、嘘だから」 「えっ?」 「時宗と私、付き合ってなんかいなかったの」 「ハハッ」 俺は鼻で笑う。 「嘘つけ!俺の目の前でキスしただろーが」 「アレも嘘。寸止めだったの」 「はっ?」  思わず俺は立ち上がった。 「なんで嘘な訳?どうして嘘なんか!」 「ごめん」 「ごめんじゃなくて、嘘をついた理由を教えろよ」 「真司が河村さんと付き合ってるって言ったから」 「あっ……」 俺は片手で口を塞ぐ。そうだ、先に嘘を吐いたのは俺の方。  美波は俺を見上げた。 「その言葉がショックで、思わず嘘ついちゃったの」  ちょっと待て!ショックってなんだ?背中に震えが走る。 「どうして俺が河村と付き合ってるのがショックなんだ?」 「それは……」 「ちょっとストップ!」 「えっ?」 「今日、エイプリルフールだよな?」 俺はしゃがんで頭を落とす。そうだ、こんな展開になるはずがない。 「悪いけど、次の嘘……俺には笑える自信がねーわ」 「嘘なんかつかない!私は……」 「だったら、先に俺の告白聞いてくれよ」 「なに?」 「あの時、俺の方が先に嘘ついた」 「嘘?」 「あの時点、河村と俺は付き合ってない。告白されてたけど断るつもりだった」 「なっ、なんで?」 「ずっと好きな娘がいたからだよ。その娘に、そろそろ彼女を作れって言われたのがショックで嘘ついちまった」 「だって本当に付き合ってたじゃん!」 「付き合ったけどダメだった。どんな女と遊んでもダメなんだよ!その娘を超える女なんか俺には存在しねーんだわ」  美波は沈黙している。 「ここまで言えば、いくら鈍感なお前でも分かるよな?」  俺は勇気を振り絞って顔をあげた。 「俺、美波が好きだ」 「今日、エイプリルフールだよ」 美波は激しく首を振る。 「嘘だよ!午後になっても笑えない!」 「じゃあ、一生笑うな!」 「だって」 「だってじゃねぇ!」 「だって……」 彼女の瞳が揺れて涙に溺れてゆく。 「それじゃあ、私と同じじゃない」 「美波……」 「私だって真司しかいなかった!あの花火の夜、小指が触れた時からアナタしか見えてなかったよ!」  やべーっ!泣きそうだ。 「奇遇だな、俺も同じだ。あの夜から女はみんなお前に見えた」  なんだよ、俺達、どんだけ遠回りしたんだよ。マジで笑えねぇ! 「真司、私は……」 「ごめん、もう耐えられねーわ!」  俺は飛びつくよう、ベンチに座る彼女を抱きしめた。閉じ込めた腕の中で美波は泣いている。そして 「アナタが好き……」と言ってくれた。  だが、安心はできない。  今、何時だ?エイプリルフールだけに俺は彼女から身を引いてポケットからスマホを取り出した。十一時四十五分。残り十五分で午後になる。  俺は美波に額を合わせた。今日は曇りでだいぶ寒い。彼女の額は氷みたいに冷たい。 「頼むぞ、美波」 「何が?」 「午後になって、実は嘘でしたはナシだぞ」 「私の気持ちは本当だよ」 「午後になってもか?」 「うん」 「俺はマジだぞ!」 「うん、信じてる」 「例えば、これが嘘でも俺は引かねーからな!」 「だから嘘じゃ……」 「うるせーっ、信用できないから結婚してくれ」 「えっ?」 「もう、結婚しかない!」  額をくっつけたまま時間は刻々と過ぎてゆく。後、一分を切った。もう心臓がもたない。破裂しそうだ。 「ねぇ、真司」 「なんだ?まさか……」 「ごめんね」 「はっ?」 俺は額を離して彼女を凝視した。 「やっぱり、お前、うっ」 「違う、気持ちは本当。でも、ごめん」 「ごめんって何が?」 「私だけ幸せでごめん。自分勝手でごめんなさい」 「なんで謝る?幸せなのは俺の方だ」  俺はスマホを見る。十二時一分。午後だ。美波は、流れる涙をそのままに、こう言った。 「そろそろ家に帰らなくちゃ」 「何か予定でもあるの?」 「うん、ちょっとね」 「そっか」 「家まで送ってくれる?」 「そうだな、叔母さんに会うのも久しぶりだし挨拶しとくか」 「うん」  美波と一緒に家に向かう俺。道中、彼女とこんな会話をして笑った。 「真司、そのバッグに何が入ってるの?」 「あー、お前の通夜と葬式で着る予定の喪服」 「ガハハハッ!」 「ったく、しょうもない嘘つきやがって」
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