一ミリもハズれない場所

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 それは突然だった。 「美波が交通事故で亡くなった」 「はっ?」  スマホを耳にあてたまま固まる俺。 「ほっ、本当か?」 「こんなこと嘘で言えるか、本当だ!」  幼馴染の時宗(ときむね)の涙声。  嘘だろ!俺は喪服一式をガーメントバッグに乱雑に収納し、長野行きの深夜バスに飛び乗った。  窓の外、秒速に流れる高層ビルの光を眺めながら考えた。とりあえず朝いちで会社に『不幸で二日休む』と連絡しよう。朝方に着くって伝えたけど、お袋、ちゃんと家の鍵をあけといてくれたかな?  通夜って何時からだっけ?ここで思考はストップ。最後に会ったのは高校の卒業式、卒業証書の黒い筒を片手に微笑んでいる彼女が浮かんだからだ。  山並みに囲まれた小さな田舎町、俺と時宗と美波は家が近所で同じ年の幼馴染。保育園、小、中、高、とクラスは違ったけどバカみたいに三人つるんで遊んでた。  いつからだろう?俺が美波を女の子として意識するようになったのは。そうだ、あれは中二、びんずる祭りに三人で一緒に行った時だ。  ほんのりメイクした二重の瞳とピンク色の唇。白地に淡い紫色の紫陽花が揺れる。  俺は美波の浴衣姿を初めて見てドキドキしたんだ。黒いベリーショートで、制服以外、普段着は全てズボン。大口を開いて何でも美味そうに食って『太りたくても体質で太れねーんだわ!』そう言って『ガッハハハッ!』と腰に手をあてて笑うマッチ棒みたいな女。いや、女だなんて思ったことがなかったな。  そんな美波の浴衣は不意打ちでズルかった。  夜空に咲く色とりどりの花はパッと短く咲いてすぐに散る。  花火大会、美波を挟んで三人で見上げた。あの時、凄い人混みに押され、俺の手と美波の手が触れたんだ。それからの花火は綺麗だったんだろうけど覚えてない。  触れた手は少し離れて小指だけになった。その小指が火傷しそうに熱くて、だけど触れていたくて。『やべーっ、好きだわ』と思った。  でも、告白する勇気はない。なぜって、俺ら三人が今まで育てた友情が壊れることが怖かったからだ。祭りが終わり浴衣を脱いだ美波は、またいつもの彼女に戻り元気にハシャいでる。  俺の気持ちになんて気づきもしない無邪気な笑顔。『ずっとこのままでいい』無理矢理、気持ちを押し殺した。  高校一年『真司(しんじ)、そろそろ彼女ぐらい作んなよ!」なんて俺の肩に手を回して『ガハハハッ!』と笑う美波を憎いと思った。その言葉だけで傷つくよ。彼女は俺を男として見ていない。  なぜって、俺は身長百五十八センチの美波より少し高いだけだし、顔もイケメンの時宗に比べたらずっと劣る。自信の持てる場所なんか一ミリもない男だ。  横にはキックスタンドを下ろした三台の自転車。ここは近所の公園。ベンチに座る俺は悔しくて美波に言い返した。 『彼女ならいるけど』 『えっ?』  隣の美波は両目を丸くし、ジュースのストローを口から外した。 『彼女ってだれ?』 『一年一組の河村さん』  今日はエイプリルフール、ちょっとした嘘。河村樹(かわむらいつき)からは告白されたけど断るつもりだった。だった……なのに。 『良かったねぇ〜、真司!』 美波が白い歯を見せてニタァ〜と笑ったんだ。彼女の前に立つ時宗もニヤけ顔でひやかしてくる始末。  俺の住む町にはエイプリルフールにルールがある。嘘をついてよいのは午前、午後は嘘をバラさなくてはいけない。  俺はスマホをチラッと見た。今、午前十一時四十五分。後、十五分だ。十二時を過ぎたら嘘をバラそう。そう思ってたのに。  突然、美波が言ったんだ。 『これで安心、私と時宗も隠れて付き合わなくてすむね』 『えっ?』 刹那、噴水と秒針が止まった。 『うっ、嘘だろ?』 『ホントだよ』 『絶対、嘘!』 『ホントだってば!』  美波はそう言うとジュースを俺に持たせて立ち上がり、時宗の両頬を手で挟んで唇を重ねる。そして、すぐに俺に顔を向けた。 『これが証拠だよ!』  時宗は顔を茹でタコみたいに真っ赤にして黙っている。それを見て(あー、終わった)と思った。何が終わったのか、それは俺たち三人の友達関係と美波への片想いだ。  十二時を過ぎても(嘘でした!)なんて言葉はない。十二時から五分経過。俺は嘘を本当にすることを選んだ。河村樹と付き合うと決断したんだ。  河村のことはそれなりに好きだった。けど、やっぱり美波への気持ちを引きずってた俺には荷が重く、半年で別れるはめになってしまう。  相変わらず美波と時宗は仲良しだ。当たり前か、付き合ってるんだから。  高二、高三、時宗は何かと声をかけてきたけど俺は無視。美波と時宗から逃げるように離れ、女子を含む他の友達と遊んだ。そして、そのまま卒業式を迎えることになる。  桜が舞い踊る正門前で、美波と時宗は笑顔だった。時宗が『三人で記念写真撮ろうぜ』って歩み寄ってきたけど、俺は二人に背を向けた。  もうアイツらの姿は見たくない。俺は一人、地元を離れ東京の大学に進学したんだ。  あの卒業式から五年の月日が経つ。五年間、時宗は俺のスマホを何回か鳴らしたが、俺は無視した。で、今日、五年振りの声を聞いたら美波が死んだ?嘘だろ?信じられねーよ!誰か夢だと言ってくれ!  鼻の奥がズキンッて痛んだ後、我慢の限界を超えた涙が頬に落ちた。  美波、俺は未練たらしい男だ。離れても、あの頃と同じ場所に立ってる。一ミリも外れない。  君が好きだ。    
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