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1.「仲良し」「抱きつく」*
「この書類、急ぎで頼めるかな」
そう言ってデスクの上に置いた書類の端、掌で隠すように貼られた付箋に書かれた文字を見て「わかりました」と感情のこもらない声で答える。
「有難う。よろしくね」
柔らかい笑みを浮かべながら、去り際に付箋を握り潰して手に収め、自分のデスクへと戻る背中を見送る。
『今夜 いつもの場所で』
付箋の文字を思い返して重く息を吐く。
こんなこと、いったいいつまで続けるつもりなんだろうか。
書類に手を伸ばしパソコンに向かう。
モニターに反射して映る自分の顔を見て、自嘲気味に表情を歪ませた。
俺は今夜、彼に抱かれる。
始まりはたった一度の過ち。部署の飲み会の後、誘われて飲んで、酔い潰れて気がついた時にはもう、彼の下で揺らされている最中だった。
それからこうやって気まぐれに呼び出されては、有無を言わさず体を求められる日々が続いている。
あの日、どういった経緯でそういう行為に至ってしまったのかは、記憶がないので俺にはわからないが、理解できたことが一つだけある。
それは彼が俺に対して愛があったとかではなく、単純に体の相性がよかった、ただそれだけの理由で抱いているということだ。
何故なら──。
「棚辺くんてさぁ、部長と仲良いよね」
「……はい?」
突然、斜め前に座る先輩に言われた言葉の意味を、咀嚼して飲み込むのに数秒かかった。
「……仲、良く見えますか?」
怪訝な面持ちで聞き返す。
「良いでしょ? さっきもわざわざデスクまで声かけに来てたし、たまにエレベーター前で喋ってるのも見かけるしね」
それは、お互い私的な連絡先を知らないから。
そして、俺が逃げないように追い詰めて退路を塞ぐため。
「部長って仕事もできるし気が利くし、笑うとすっごく優しい顔になるのよね〜」
「他部署でも部長狙ってる子、結構いるんですよ」
「でしょ? 絶対モテるって!」
「好きな子のこと、めちゃくちゃ大事にしてくれそうだし」
「わかる!」
「……そう、なんですね」
盛り上がる先輩と同僚に曖昧な返事をしてから「ちょっと一服してきます」と俺は席を立った。
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