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喫煙室横の自販機でコーヒーを買い、角に設置されたベンチに腰を下ろす。
一口含んでから背もたれに体重を預ければ、先程の会話が脳裏に蘇る。
『優しい顔で笑うのよね』
息を吐いて、目をつむる。
──会社では、な。
会社での彼は、仕事は迅速で的確、おまけに面倒見もよく部下からの信頼も厚い。確かにいつも柔和な表情で職務をこなしているイメージしかない。
その気になれば一夜の戯れでも、欲を吐き出す相手なんていくらでもいるだろうに。
なんで、俺なんだよ。
「随分と仲が良いんだな」
上から聞こえた声に驚いて目を開けると、不機嫌に眉をひそめた彼が見下ろしていた。
「何の話ですか?」
「……何でもない」
意味がわからず眉根を寄せると、剣呑な雰囲気を纏ったまま彼が言葉を続けた。
「そんなことより、残業はするなよ」
終わったら真っ直ぐ俺の所に来い。そう言い捨てて戻っていく彼の背中を、唖然とまた見送る。
「何しに来たんだ、あの人」
そう呟いて、すぐ思い直す。
ああ、そうか。俺が逃げないように釘を刺しに来ただけか。
つい先刻の、俺を見下すように注がれた冷ややかな瞳に胸が軋む。
そう、あの笑顔は表の顔だ。昼間に見せる好意を乗せたあの顔も、夜に会う俺に見せたことは一度もない。あるのはただ、欲望のままに貪り蹂躙する獣のような雄の顔。
なんで俺なのか。
その理由が欲しいのは、本当は俺の方なのかもしれない。
脅されても無理矢理だったとしても、嫌なら殴って逃げるなりできたはずなのに、それをしないのは……出来なかったのは、俺が──。
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