1.「仲良し」「抱きつく」*

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 喫煙室横の自販機でコーヒーを買い、角に設置されたベンチに腰を下ろす。  一口含んでから背もたれに体重を預ければ、先程の会話が脳裏に蘇る。 『優しい顔で笑うのよね』  息を吐いて、目をつむる。  ──()()では、な。  会社での彼は、仕事は迅速で的確、おまけに面倒見もよく部下からの信頼も厚い。確かにいつも柔和な表情で職務をこなしているイメージしかない。  その気になれば一夜の戯れでも、欲を吐き出す相手なんていくらでもいるだろうに。  なんで、俺なんだよ。 「随分と仲が良いんだな」  上から聞こえた声に驚いて目を開けると、不機嫌に眉をひそめた彼が見下ろしていた。 「何の話ですか?」 「……何でもない」  意味がわからず眉根を寄せると、剣呑な雰囲気を纏ったまま彼が言葉を続けた。 「そんなことより、残業はするなよ」  終わったら真っ直ぐ俺の所に来い。そう言い捨てて戻っていく彼の背中を、唖然とまた見送る。 「何しに来たんだ、あの人」  そう呟いて、すぐ思い直す。  ああ、そうか。俺が逃げないように釘を刺しに来ただけか。  つい先刻の、俺を見下すように注がれた冷ややかな瞳に胸が軋む。  そう、あの笑顔は表の顔だ。昼間に見せる好意を乗せたあの顔も、夜に会う俺に見せたことは一度もない。あるのはただ、欲望のままに貪り蹂躙する獣のような雄の顔。  なんで俺なのか。  その理由が欲しいのは、本当は俺の方なのかもしれない。  脅されても無理矢理だったとしても、嫌なら殴って逃げるなりできたはずなのに、それをしないのは……出来なかったのは、俺が──。
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