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「葉兄」
桜並木の下、あの時と同じように薄紅色に染まる空を見上げていた葉に声をかける。
「……樹、なんでここに」
驚いた顔も昔のままだ。
卒業証書を手に持ち、俺はあの時の葉と同じ出で立ちで彼に向かい合う。
「約束を果たしに来た」
そう言ってネクタイを外し、葉に差し出す。
葉は無言でネクタイに目を落とした後、ゆるゆると視線を俺に戻した。
「樹、これ──」
答えを求めて揺れる瞳を、愛おしむように見つめ返す。
あの日葉は、俺の告白に何も言葉を返さなかった。だから俺は失恋したんだと、勝手にそう思い込んでいた。
だけど俺はあの時すでに、葉からちゃんと返事をもらっていたのだ。
手の中のネクタイを握り締めて、俺はもう一度、あの時と同じ言葉を葉に伝えた。
「俺、葉が好きだ」
もちろん『愛してる』の意味で。
今度ははっきりと、そう告げる。
大きく見開かれた瞳に、あの日の桜吹雪が舞う。
「あの日、葉の『願い』はちゃんと受け取ったから」
一度は諦めようと思った。
だけどこの初恋を忘れることも、この想いを捨てることも俺にはできなかった。
五年経った今でも、この胸に湧き上がるのは、葉へと溢れる揺るぎない情念。
恋焦がれて見上げていた櫻色に滲む髪を、今は見下ろしながらそっと指で梳いて、こいねがう。
「今度は葉が、俺の『心』を受け取ってよ」
葉の手を持ち上げ、胸の前でネクタイごと手のひらを重ねて、指の間を握り込む。
「──っ」
見つめて絡み伝わる熱が、葉の眦を溶かしてゆく。
ぎゅっと握り返して俯く葉に顔を寄せ、五年分の想いを言葉に乗せた。
「葉……愛してる」
花時雨が伝う頬に手を添え、静かに唇を重ねる。
五年前の春、俺の初恋は桜花の下で一幕を下ろした。
そして今日、同じ桜舞うこの場所で、俺の恋は愛しい人とともに二幕を上げた。
(#創作BL版深夜の60分一本勝負)
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