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明日香は想定していた一つのシナリオを頭に描きながら、会話を始める。
「星野さん、丁寧なご説明をいただき、ありがとうございます。状況をより深く理解できました」
「ええ。そんな状況なんですが、ちょっとでもヒントを頂戴できたら嬉しく思っていまして・・・」
「いえいえ・・・まず、私の店の話をするのですが、うちは薬草珈琲というジャンルで独自性を打ち出しており、手前みそで恐縮ですが、世の中からの一定の注目を頂戴しているんじゃないかと考えています」
「ええ、すごいですよね・・・」
「ここで何を言いたいかと言うと、自社の強みを活かすことが一番の近道になるのでは、ということです」
「はい・・・」
話の先がまだ読めず、和仁は会話に聞き入ることにした。
「昨日、朱里さんにお聞きしたのですが、若者向けの靴下にはなかなか難航されたということですよね?」
「ええ・・・難航というか、上手くいかなかったので撤退しました」
「でも、高齢の方向けのカスタムオーダー靴下の領域では他社には負けない」
「ありがとうございます。そうですね・・・そこでは負けたくないという気負いはあります」
「その方向で、私のほうでも1日、頑張って検討してみたんです」
少し目を輝かせながら、明日香は話を続ける。
「うちに青木さんっていう高齢の常連客さんがいらっしゃるんですけど、その青木さんと軽く会話する中で、少しヒントが見つかったかもしれなくて」
「ヒント」
「はい。青木さんの奥さんが骨粗しょう症の治療で県立医大に通っているんですけど、そこでは薬物療法と運動療法を組み合わせて指導されているんです」
「はぁ・・・」
「そして、運動療法において、靴をはじめとした“身に着けるもの”も重要視されているようで」
「もしかして・・・なんか、いいお話になってきている気がします」
「ええ、そうなんです」
明日香はさらに目を輝かせながら、途切れることなく話を続ける。
「で、今日の昼、その県立医大の先生に電話をかけてみたんですよ・・・で、どうなったと思います?」
「そんなことまでしていただいて・・・でもこれって、嬉しいお話につながる感じがします」
「ええ。県立医大は臨床研究にも熱心なんですけど、骨粗しょう症の患者さんごとに靴下をカスタマイズすることの有効性を研究する価値はあるかもしれないっておっしゃったんですよ」
「なるほど、すごい・・・」
和仁は美智子のほうを向き、夫婦でうなずきあう。
「ここから期待できることって、まずは県立医大の研究助成の対象になるかもしれないということと、それによる星野靴下の知名度の向上、そして最終的には、全国の骨粗しょう症患者さんに対する靴下のカスタムオーダーへとつながるんじゃないかと思って」
「あなた、これって」美智子が夫と目を見合わせる。
「うん・・・すごい話になってきた・・・」
「もちろん、ちゃんとした交渉はこれからですが、事情を先生に伝えたら、今週末なら会ってもいいっておっしゃっていただいていて。・・・星野さん、どうされますか?」
「そんな、もちろん、会いたいですよ。今里さん、ぜひ、先生によろしくお伝えください」
朱里は横でそれらの会話を聞いていた訳だが、このたった数分の会話を通してこれまで落ち込んでいた父と母に笑顔が戻ったこと、そして、たった一日で新しいチャンスを見つけ出した明日香の手腕に心から感動していた。こんなかっこいい人(すごい人)が世の中にはいるんだ、と。目元も少し熱い。
「明日香さん、私、こんなに感動したの、久しぶりです」
「あらあら。でも、出発点は、朱里さんが私に話を持ち掛けてくれたところにあるもんね。良い方向に話が進みそうなので、私も嬉しいです」
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