1章 お菓子な悩み事

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1-4  最後の話し合いの日。今日、失敗したら、重森工場長は恐らく会社を辞めることになるだろう。失敗できないな・・・明日香はオフィスの椅子に座りながら心の中でそう繰り返す。目の前で朱里が、持ち物の最終確認を行っている。  ノックがあり、米田社長が扉の隙間から顔を出した。視線を合わせ、無言でうなづき合い、明日香は立ち上がる。米田製菓の本社に訪問してからも米田社長とは何度も話し合ったが、車の中で最後の調整を行いたいという米田社長の希望で社長自ら明日香と朱里を迎えに来たという訳だ。  明日香はサボテンの入った3つの透明の容器を確認し、真ん中のひとつを手に取った。容器を額に当てて短く会話を交わす。 <2号ちゃん、今日はよろしくね> <ヨロシク>  そして米田社長の方へと視線を向けて出発を誘う。 「じゃあ、行きましょうか」  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  会議室Aに今、7人の人間が集まっている。米田社長、重森工場長、金岡さん、工場の主任という女性、古株の総務部の男性。そして、明日香と朱里。  少し重苦しい空気の中、米田社長からの挨拶が始まった。 「ええ・・・みなさん、忙しい中、すみません。・・・ここ数年、私は米田製菓の代表として会社をより良くしようと努力はしてきたのですが、どうもズレたところもあったようで、会社の中心的メンバーの皆さんに相談しながら私自身の仕事のスタイルを見つけていきたいと思っています。そして、いま以上に社員の皆さんの働きやすい会社にすると宣言することで、重森工場長にももう少しだけ、この会社で働いても良いという気持ちになっていただけたら、というのがもう一つの大切な目的となっています。・・・え?あ、ありがとうございます」  挨拶が執り行われる中で薬草珈琲を配る朱里が、ちょうど米田社長の手元にコップを差し出したため、社長は少し呼吸をつくことができた。部屋の中に、程よい薬草珈琲の香りが漂う。重森工場長は目を机の上に落としたまま、そのコップを手に取った。  明日香はスムーズな会話の流れを作るため、簡単に場を仕切ることとした。手元の机の上には紙の資料・筆記用具と、透明なサボテンの容器が並んでいる。 「こんにちは、私は今里明日香と申しまして、今回の米田社長のお考えの整理をお手伝いさせていただいている者です。・・・米田社長、まずはあの話からスタートされてはいかがですか?」 「ええ・・・」  話しづらい話というものは、誰かから背中を押してもらうことで思い切って話始めることができるものだ。明日香の話の振りに従い、米田社長は自らの身の上話を始めた。 「みなさんご存じの通り、先代の社長、つまり私の父はすごいリーダーシップを発揮した人でした。何かを思いついたら会社のみんなを巻き込んで試作品を作って、すごい勢いで生産までたどり着かせて。でも、私のほうはこんな性格ですから父のようなリーダーシップを発揮できないんですね。それで、そのギャップに社長就任後6年間、ずっと悩まされてきたんです・・・ええ」 「でも、ここ数年で売上を大きく拡大したの、米田社長の成果だと思うけど」  金岡さんが合の手を入れる。 「ああ・・・でもそれは皆さんが素晴らしい商品開発をしてくれたから・・・」 「うん・・・でもそれは、米田社長が私たちを自由にさせてくれているからだと思う。私は米田社長に代わってから商品開発の自由度がすごく広がったって思ってる。米田社長は会社をそんな雰囲気にするタイプの社長じゃないのかなぁ」  言葉遣いは乱暴だが、金岡さんの発言に周囲の皆もうなづき、賛同の意を表した。ただ、重森工場長だけは下を向いていて、反応がない。 「ああ・・・でも、収益バランス、ちょっと危なくしちゃってるかもと反省していて・・・」 「いやいや、社長は真面目すぎですって。先代なんて、もうめちゃくちゃだったよ?その尻拭いをずっと、私、させられてたもん」  割り込んだのは古株の総務の男性だ。 「ええ・・・」  米田社長が社員から悪く思われていないことは明白だった。
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