1章 お菓子な悩み事

2/13

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
1-1  奈良市の中心部から少し外れたロードサイド。ガラス張りの明るい、植物に溢れた店内。大きな「ときじく薬草珈琲店」の看板を掲げたそのカフェで、店長の明日香は今日初めて来店した年配の女性客を接客中。店の前には5台ほどの駐車スペースがあり、2台の車が停まっている。 「・・・そうなの。じゃあ、お母さんのお店を継ぐ形で」 「ええ、そうなんです。母のお店は奈良町にあったのですけど、私が引き継いでこの場所に新しい店舗を構えさせてもらってるんですよ」 「お店の奥にも敷地があるようだけど、倉庫か何か?」 「ええ。小規模ですが、加工場なんです。薬草珈琲の生産販売も行っていまして。もっと大きくしていきたいんですけどね。」そう言いながら明日香は、店頭に並べられている商品を指さした。 「頑張ってるのね・・・また来るね」 「ありがとうございます。また、いらしてくださいね」  今里明日香。この店の店長を務めている女性だ。いや、実際はこの会社の経営者なのだけど、店長という呼び名のほうが呼びやすいようで、周囲の皆は店長と呼んでいる。キリッと引き締まった面持ちで少しだけ人を寄せ付けないような雰囲気の20代後半の女性であるが、その実は優しさに溢れた人間である。  この店の実質的な責任者は、湊(みなと)君だ。接客がとにかく好きで、誰かに優しさを届けられるという理由で彼は薬草をテーマとした店を選んだ。5年前の開店当時からの古株の社員だ。しっかりものの彼は明日香の予定もおおよそ把握しており、時々、明日香はそれに助けられている。 「ねぇ、店長。今日って営業じゃなかったっけ?」 「うん、そうそう。御所市のね。・・・って、時間、結構やばいやん」  明日香は腕時計を、もう一度確認した。 「はは。だと思って、朱里ちゃんに車を準備するようにお願いしておきましたよ?」 「え、さすが湊君、気が利くぅ~!・・・じゃあ、行ってきますわ!」 「はーい、気を付けて」  急いで事務所に戻って手荷物を掴み取り、植物たちに「行ってきます」と挨拶をして、明日香は駐車場へと向かった。それとほぼ同時に、メタリックベージュのコンパクトSUVが明日香の目の前に停まる。 「明日香店長、お待たせしました!」 「朱里ちゃん、サンキュ~」  バタンとドアを閉め、シートベルトを締める。すぐに、車は発進。左折して幹線道路へと合流し、南に向かって速度を上げた。 「朱里ちゃん、車、ありがとう。あと、薬草のセットも大丈夫?」 「はい、予備を含めて10人分ですよね?車に積み込んでからも再確認したので、大丈夫だと思います!」  星野朱里(ほしのあかり)。ときじく薬草珈琲店でバイトをしている20代女子だが、特に明日香の外出時のサポートを買って出ている。今日は御所市の公民館で薬草茶のワークショップを開催するということで、そのサポートスタッフとしての外出だ。  奈良市街を抜けると、天理あたりまでは田畑を横目に見ながらのドライブだ。・・・奈良時代には日本で最も栄えた都であった平城京。しかし、平安時代になるとすぐ、そこは田畑と化した。1300年前からずっと、このあたりは田畑だったのかなぁなどとぼんやり考えながら、明日香は束の間の休息を楽しんだ。  自動車専用道路も使いながら40分強の道のりを走り、やがて二人は目的地に到着。そこは住宅地の中に建つ、2階建ての公民館だ。  受付を済ませ、2階の給湯室の横に位置する和室の扉を開ける。そこが、本日のワークショップを開催する部屋であった。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加