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夕方、18:30。客もまばらな店内に、ショートヘアの長身の女性が入ってきた。
「すみません~、まだいけます?」
渚がその客に近づき、対応する。
「はい、19時までなのですが、それでよろしければ大丈夫です」
「ごめんね~」
渚がメニューを渡すと、女性はページをパラパラとめくり、すぐに返答。
「じゃあ、このハトムギきな粉ラテにしようかな?」
「ありがとうございます。ホットとアイスがございますが、いかがされますか?」
「じゃあ、ホットで」
「では、ハトムギきな粉ラテをホットで承りました。少々お待ちください」
「あ、・・・ねぇ、店員さん。いま、今里さんっているかな?」
注文を通そうと体勢を変えた渚に、女性は声をかけた。
「店長ですか?いますので少しお待ちください」
渚から来客の話を聞き、明日香はキッチンからホールに移動。そして、その女性を見た途端に顔をほころばせた。
「あ~、金岡さんだ~。やっと来てくれた~」
「今里さん、やっと来れたよ~」
女性は4月に米田製菓株式会社で知り合った同社の商品開発担当、金岡ヒカルだった。
「金岡さん、ハトムギきな粉ラテを頼んでくれたんだ。ありがとうございます。素材・・・ハトムギ、きな粉、ラテだったら、どの素材が気になりました?」
「うん、それで言えば、ハトムギかなぁ」
「なるほど。ハトムギの一番有名な効果は水分代謝なんだけど、むくみなど、心当たりある?」
「なんか全身が重くて、冷えやすい感じがするんだけど。これってむくみってことで合ってる?」
「うんうん、まさに。ここのところ寒暖差が激しかったけど、そんな季節って自律神経のバランスが乱れて水分代謝の能力も落ちるんですって。だから、水分代謝が得意なハトムギを選んだのかもね」
「なるほど。さすが、薬草珈琲店の店長!・・・あ、そうだ。全然関係ないんだけど、今里さんって30の手前くらい?」
突然の話題チェンジに戸惑いながらも、明日香はそれに応える。
「いきなり(笑)・・・でも、そんなとこです」
「29?」
「まぁ、そんなとこだけど」
「同じやん〜。じゃあ、これからは下の名前で呼んでいい?」
「いいけど?・・・でも、そんなことを真っすぐに聞かれたら、なんか照れるなぁ(笑)」
「よし。ではこれから、明日香って呼ぶから」
「分かった。では私はヒカルって呼ぼうかな?」
「私は奈良の素材を生かしたお菓子の開発者。明日香は奈良の薬草を活かした薬草珈琲の開発者。私たち近いことをやっているんだから、これからも一緒に面白いことやっていこうよ」
「ほんとだ・・・確かに。私たち、結構、近いことやってたんだねぇ」
明日香の目もキラリと光る。
ちょうどそこに、ヒカルがオーダーした商品を持った渚が近づいてきた。
「お待たせいたしました。ホットのハトムギきな粉ラテになります」
「ありがとう」
ヒカルはカップを片手にアロマを確かめてから、ラテを口にする。
「あ、美味しい〜!ハトムギときな粉の香ばしさがうまくマッチしてるねぇ」
「ありがとうございます。・・・渚ちゃん、お客さんが喜んでくれてよかったね」
「はい」
「渚ちゃん、こちら米田製菓株式会社の金岡ヒカルさん。お菓子メーカーで商品開発してる方です」
話の流れで、明日香は渚にヒカルを紹介することに。
「は、はじめまして。こちらでバイトをすることになりました船田渚です」
「そう。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「・・・そうだ。渚さんって、鹿ツノ葛サブレって知ってる?」
「あ、あの鹿の角の形をしたバター風味のクッキーみたいなやつですか?」
「それそれ。渚さんは好き?」
「お兄ちゃんが買ってきてくれたんですけど、美味しかったです。しっとりとしたバター風味のクッキーって感じだったと思います」
「うんうん。あれ、私が開発したんだよね~」
「え、そうなんですか?」
渚はくるりと明日香に顔を向ける。明日香が笑顔でうなづくと、それ本当なんだ、と得心した。
「金岡さんって、すごい人なんですね!」
「いえいえ。でも、気に入ってくれたみたいで嬉しいです」
それから三人の話題は渚の『仕事を通して自分が楽しいと思えることを見つける』事へと移ったのだが、明日香もヒカルも仕事と趣味が一致してるような人間だったため、残念ながら渚の参考にはならなかったようだった。
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