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コーヒーを淹れてから挨拶もかねて、朱里は渚を連れて坂本さんの席へと向かった。
「坂本さん、今日もご来店ありがとうございます。クロモジ珈琲をお持ちしました」
「あ、星野さん。ありがとう」
「こちら、バイトで入ってくれている渚ちゃんです。そうそう、湊さんの妹さんです」
「そうなんだ。じゃあ、きょうだいで」
渚も話に合わせて、笑顔でうなづく。
「渚ちゃんは高校をちょっとお休みしながら、仕事の楽しさを探しているんだよね~」
「そうなんだ。・・・楽しさ、見つかりました?」
坂本さんは渚のほうに視線を向ける。
「まだちょっと、分かりません」
「難しいよね。・・・あ、そうだ。もし時間が許せば、ちょっと頭の体操をやってみる?」
「頭の体操ですか?」
「うん」
そう言いながら、坂本さんはリュックからノートを取り出し、ペンで三つの重なり合うマルとそれぞれの中にアルファベットを描いた。
「これは Will-Can-Must フレームワークってやつなんだけど、ウィル、自分がしたいこと。キャン、自分ができること。マスト、仕事としてしなくてはならないこと。その三つが重なるところに理想的な仕事があるというフレームワークで、会社のメンバーと個人面談をする際も、よく使う考え方なんです」
「すごーい。でも、私は簡単かも」
「はは。どうぞ?」
すぐに答えを思いついた朱里に、坂本さんは発言を促す。
「私は明日香さんが大好きなんで、明日香さんと一緒に仕事ができていたらそれで幸せです」
「ははは。星野さんらしい。でもそれはウィル、だよね。キャンとマストは?」
「できることは、この店のお仕事と明日香さんの営業のお手伝いですね。マストのほうも一緒かなぁ」
「ははは、星野さんらしいね。星野さんはウィルがキャンやマストからすこしズレたタイプではあるけど、それでも問題はないです。ただ、それらが重なっていたほうが仕事人としてのパフォーマンスは高くなるんだけどね。明日香さんなどがその典型例だけど」
「なるほど!」
「うんうん。・・・っていう感じなんだけど、渚さんはどう?」
坂本さんは優しく渚に笑顔を向ける。
「マストがこの店のお仕事が出来る事ですけど、まだキャンは不十分かもです」
「うんうん。まだバイトを始めたばかりだもんね。ウィルは?」
「・・・でもやっぱり、それが分からないです。やりたいことを考えようとしても、いつも、頭が真っ白になってしまうんです」
「そう・・・ごめん。でも、僕の会社のメンバーには、明日香さんのような仕事そのものが喜びの人もいるし、仕事の本筋でないところに喜びを感じている人もいますよ。うちの会社はよく大学のサークルみたいって他の会社の人に言われたりもするんだけど、そのメンバーは、そんなうちの会社の雰囲気が好きみたいで」
「そっか・・・仕事そのものでなくても、楽しく感じられることがあったらいいんですね?」
「うん。まずは、いいと思う」
「ありがとうございます。探してみようと思います」
「うん。頑張ってね」
坂本さんはしばらく店内で考え事をしてから、明日香さんによろしくと言い残して店を去った。
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