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「立派な楠の木ですね!」
次の日の夜、星野靴下を訪れた明日香が敷地に立ち入った第一声がそれだった。結局、困っている朱里を放っておけず、「お役に立てるか分かりませんが」と言いながらも約束を結んだ訳だ。
「この子、私の生まれた時からいるんですよ」
この季節にはいい香りがするんです等と付け加えながら、朱里は楠の木に近づく。明日香も「そうなんですね」と言葉を返して、楠の幹にポンと手をのせた。
樹皮に触れる一瞬で、楠の木が記憶している情景を読み取る。
ーーーーー朱里さんの学生時代、子供時代。その側に立つふたりの大人。この人たちが朱里さんの両親なのだろう。父親の仕事着。仕事仲間との会話。その面立ちを伺うだけでも、この男性の仕事への情熱、真面目さなどが伝わってくるーーーーー
なるほど、こんな真面目そうな人だったら話を進めても良さそうだな・・・と明日香は思った。この場所を記憶している古い木に出会えたことはラッキーだった。
簡単な工場案内を終えてから、朱里は明日香を事務所へと案内。事務所の中では和仁と美智子の二人が明日香の到来を心待ちにしていた。
「今里さん、本日はこのようなところに来ていただいてありがとうございます」
和仁が丁寧に挨拶し、明日香に席を勧める。荷物を置き、名刺を交換。双方が落ち着いた頃合いに、和仁からの説明が始まった。
「朱里から事情をお聞きいただいていると思うのですが、改めて、私のほうから状況を説明させていただきます」
10分ほどの和仁の説明を、明日香は真剣に聞き入った。
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