3章 足元に優しい街

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3-3 「へぇ~、このようにして靴下が作られていくんですね!」  県立医大整形外科の鷹見教授は60歳の手前と思われるが、好奇心たっぷりのオーラを発しながら元気よく、工場の中を一通り見回った。  土曜日の13時。はじめは有名大学の教授を目の前にして恐縮していた和仁だったが、教授の気さくさに加え、自分自身の経験と専門知識が役立つという実感を会話を通して感じられたことから、だんだんと口数が増えていった。 「・・・と言うことは簡単に言うと、骨を壊すバランスと骨を作るバランスが大事ってことなんですね。で、壊すほうには運動も大事で、作るほうには食事や睡眠が大事になってくるっていう・・・」 「うんうん、ご理解が早くて助かります」  理解の早い和仁に、鷹見教授はまんざらでもない笑顔でうなづき返す。 「星野さん、もう一つ大事なことは、弱っている骨の状態で転倒をしないことなんですよ。大腿骨頸部骨折や大腿骨転子部骨折が引き起こされる可能性があって、そうなると、ご存じのように寝たきりから、認知症のコースになってしまうんですよね」 「なるほど。健康寿命・・・でしたっけ?それが、下がってしまうんですね」 「そうなんですよ。QOLが下がることも骨粗しょう症の大きな問題なんですよね。・・・ここで、星野さんにお聞きしたいことがあるんだけど、高齢の方の色々なタイプの運動のサポートと、高齢の方の転倒防止のサポートの両方を実現する靴下ってあったりするんでしょうかね。運動面では、歩いたり軽いジョギングを通して骨に衝撃を与えることが大事なんですよね・・・」 「えぇ、できると思います」 「おぉ」  鷹見教授の目が輝く。 「まず、転倒防止のほうは簡単です。滑り止めの機能を持たせたり、足の指先をちょこっと持ち上げるような編み方もできるんです。うちも、お客さんの足に合わせて指先の持ち上げをカスタムオーダーさせていただいたりしています。ちょっとした工夫で転倒しづらくなるようなんですよ」 「なるほど」 「運動の衝撃については先生ともう少し話をしなくてはいけないですが、靴下の圧着感を部位によってカスタマイズさせたり、指をセパレートにしたり、あ、そうそう。五本指のセパレートと親指だけセパレートにする方法でも歩きやすさが違うようなんです。あと、もちろん通気性などや触り心地、いわゆるテクスチャーも変えられますよ」 「面白いなぁ。パラメーターをいくつもとれるので、実験計画を立てるのにも工夫がいるなぁ・・・うん。私がやりたいのは、患者さんの身体の特徴や骨粗しょう症の状態に合わせて最適な服や靴を見つけるためのアルゴリズムを作りたいんですよ。その一環として、靴下も面白いテーマだと思いまして」 「ぜひ。やらせてくださいよ」 「えぇ。骨粗しょう症の患者さんでも、破骨が弱い方もいれば骨再生が弱い人もいる。O脚になりかけている人もいれば、歩くのが好きな人もいる。それぞれの患者さんに最適な靴下の形状を素早く算出して、星野さんのところで作ってもらって。そこでデータを大量に採ってアルゴリズムの精度を高められたら、それを大手のアパレルに売っても良いですしね。パテントは研究室と星野さんのところで分け分けする形で」 「大量生産になったらうちは弱いので、大手との連携も必要ですよね。でも、そんな世界を創るのにご一緒できるのはワクワクします」  60手前のおじさん二人が目を輝かせながら話す姿を目の当たりにして、明日香と朱里は目を合わせて笑った。  おじさんたちはその日のうちに、実験計画書と事業計画書をあらかた作ってしまったという。
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