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御所市のワークショップから数日たった昼どき、明日香はランチ客が帰った店内でテーブルを拭いたりしながら、ひと息ついていた。
駐車場からバタンと車のドアの閉まる音。しばらくして、少し小太りの、少し悲壮感の漂うスーツ姿の男性が明日香のほうへと近づいてきた。
「すみません、今里明日香さんっていらっしゃいますか?」
「私ですけど・・・どのようなご用件でしょうか?」
カフェを楽しみに来店したのではないことは一目瞭然だった。
「わたし、米田利男と申しまして、妻に今里さんのことをお伺いしまして・・・」
「ということは、御所の講習に来てくださった米田さんのご主人でしょうか?」
「ええ、ええ・・・」
“あちらの件だ”と察した明日香は、話す場所を変えることとした。
「もし、ご相談事ということでしたら、オフィスのほうでお伺いしたいと思いますが、いかがですか?」
「ええ、ええ・・」
相変わらず落ち着きのない返事だったが、米田さんは明日香に促されるままにオフィスのほうへと移動した。
ときじく薬草珈琲店のオフィスは、一般的な企業とはいささか趣を異にしたオフィスだった。観葉植物、干された薬草、薬草の入った小瓶に囲まれた、緑に満ちたオフィスであった。
「植物に囲まれたオフィスですねぇ・・・。」米田さんも驚きを隠せない。
「ええ。うちは薬草珈琲店ですので、新しい味の研究などもこの場所で行ってましてね」
「なるほどです。・・・はぁ」
コンコンとノックする音。朱里が来客対応のためにオフィスへと入ってきた。
「いらっしゃいませ。コーヒーかお茶などはいかがでしょうか?」
「あ、すみません・・・。じゃあ、ホットで」
「はい。では、ホットコーヒーをお持ちしますね?」
「ええ・・・」
「朱里ちゃん、じゃあ、安神ブレンドをお出し差し上げて」
「店長、了解です!」
この薬草珈琲店は薬草をブレンドしたコーヒーを提供しているため、単なるコーヒーはメニューとして置いていない。しかし、初見のお客さんが選ぶのはなかなか大変なので、こういった余裕のない来客時は明日香の直感でメニューを選んでいるという訳だ。
名刺交換を行い、ソファに腰を下ろしてすぐに口火を切ったのは米田さんのほうだった。
「今里さんって、もしかして、あの坂本さんの会社の問題を解決した方ですか?」
「・・・よくご存じですね。5年前にこの店を開店した直後だったんですけど、坂本さんから依頼を受けて協力させていただきました。でも、あの時はむしろ、坂本さんから私が色々なことを教わった感じになっちゃいましたけれども(笑)」
「いやぁ、坂本さんのところ、ひどい状態だったので、奈良の経営者仲間みんなが心配をしていたんですよ。それをカフェをやっている今里さんという方が入ってくれて解決した、なんて聞いてたんで、え?って思って、記憶に残っていたんです」
「いえいえ、恐れ入ります。・・・コホン。それで、本日はどのようなご用件で?」
昔話を続けても仕方がないと思った明日香は、さっそく本題に入るよう米田さんを促した。米田さんは朱里が出したコーヒー(薬草珈琲 安神ブレンド)を飲みながら依頼内容をゆっくりと語った。
米田製菓株式会社。米田さんの父親が立ち上げた奈良のお菓子メーカーだが、米田さんが社長に代わってから葛粉を使った焼き菓子がヒット。しかしそんな好調な業績の中、父親の代から長年勤めてきた工場長が突然辞職すると言い出し、それが問題となっているということだった。
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