1章 お菓子な悩み事

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「その重森工場長が辞められたら、どのように困るのですか?」  明日香から質問を切り出す。 「ええ、うちの製菓工程には少し特殊な工程が多いのですけど、重森が工程のライン設計をすると、不良品発生が起こりづらいんですよ。うちって今、鹿ツノ葛サブレがよく出ているんですけど、それに不良品が発生するようになると結構マズくて・・・」 「なるほど、他の方では代わりにならないという」 「ええ。みんなそのことを分かっていて、工場長が辞めたら立ち行かなくなると悲鳴を上げていて」 「重森さんが辞めたいと思われた理由って何なんですか?」 「・・・それが、本当のところを教えてもらえないんですよ」  およそ1ヶ月ほど前に重森工場長が社長室を訪問。その場で、あと半年ほどで会社を辞めたいとの申し出があった。その後も何度か面談を行うが、重森工場長は辞める理由を「体力的にも辛くなってきたから」としか語らず、交渉の余地が見つからなかった、という訳だ。工場長は60代ではあるが基礎疾患を持っていたり病院通いを行っている訳でもなく、急な辞表に誰しもが疑問を抱いていた。 「なるほど・・・。まずは、お考えを聞いてみたいので、重森さんとお話させていただけないでしょうかね?」  「分かりました。重森の予定を調整します。・・・あ、そうだ。すみません。この件の報酬なんですけど、うちはとても利益率が高いという訳ではなくて・・・」 「いえいえ。こういった調整は全て無料でさせていただいております」 「えっ?でも、無報酬というわけには・・・」  予想外の明日香の回答に、米田さんは驚きの声を上げた。 「大丈夫です。色々と解決した後に、うちの薬草珈琲を買っていただければ大丈夫ですので(笑)。それより、米田さん。来店された際にお持ちだった不安なお気持ちって、落ち着かれましたか?」 「え・・・、あ、スッと心が晴れたような感覚になってます。これって・・・」 「ええ。弊店の薬草珈琲 安神ブレンドの効果かもしれませんね。心を落ち着ける効果のあるナツメに気を巡らす薬草をいくつかブレンドした補気理気タイプの薬草珈琲なんです」 「へぇ~、すごいですね」  その後、もう少しだけ世間話をしてから、米田社長は会社へと戻っていった。  しばらくしてから明日香は立ち上がり、オフィス内に並べられている透明な容器をひとつ、持ち上げる。その中身はサボテンだ。目をつぶり、容器を額に近づける。 <ねぇ、サボ1号ちゃん。さっきの人、どうだった?>  明日香が心の中でサボテンに語りかけると、サボテンも明日香の心の中に答えを返す。 <ウソはイッテナイ。デモ、ダイジナコトもハナシテナイ> <私もなんとなく、そう思った。もしかしたら、あの社長さん自身が問題の発生源かもね?> <カモネ>  その仮説も含めて検討を進めることにしよう。そう思いながら明日香は、サボテンの容器を定位置へと戻した。 
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