いちばんいい時期

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「おいっ、何ぐずぐずしてんだよ」  遠くから苛立たしげな男の声が聞こえて、彼女は一瞬口をつぐんだ。  けれど、大きく息を吸い込み、意を決したように言葉を続けた。 「夫に、無理やり返品させられたんです」 「そんな……」  自分のせいではなかったのだという安堵と、夫の理不尽さを受け入れざるを得なかった彼女への想いがまゆりの中で絡まり合って、上手く言葉が出てこない。  あんなに嬉しそうな顔をしてたのに。 「私、ようやく目が覚めました。化粧品すら自由に買えない人生なんて、おかしいって。だから、少しだけ待っててください。絶対に、取り戻しに行くので。あの化粧品を、自分の人生を、だから……」 「ねえ、あなた」  隣のベンチから突然会話に割り入って、おばあさんはあいかわらずのマイペースで語りかける。 「今、とってもいい顔してるわよ。応援してるわ」  彼女は笑顔で力強く頷くと、男の元へと駆けて行く。 「ああ、かわいらしい。今がいちばんいい時期ねえ」 「んなわけあるか」  まゆりは思わず声に出して突っ込んでいた。突っ込まずにはいられなかった。  おばあさんは不思議そうに首を傾げて、黒々と濡れた瞳でまゆりに問いかける。 「どうして?」  負けじとまゆりも首を傾げ、眉根を寄せて問い返す。 「どうして?」
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