春を知覚して記憶して

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言葉の音が コトリコトリと そこにあったものがさらりさらりと流れゆくもの塩辛くて 霞んで見える世界は鮮やかだった 「どうかしたのですか」 声が頭上から聞こえる。 「いえ、なんでもありません」 そう返答した声が掠れていて、自分が泣いていることに気がついた 恥ずかしくなり顔を下げていると声の主が優しく続ける。 「春ですね」 何が言いたいのだろうか。まだ寒いのに。疑問に思いながら返事をする。 「そう思いますか?」私の問いに声の主は問いを返す。 「変わるのは嫌いですか?」 「いいえ。怖いのです。手から零れるこの感覚がいつまでもいつまでも。失くしたもの、もう戻れない時間が積み上がっていくのが、いつまでも怖いのです。」 まだ冷たい風が頬を撫でる 「時間が来てしまったようです」 声の主が少し悲しそうな声で告げる。 「怖いのなら顔を上げて 怖いのなら忘れないで 貴方が忘れない限り完全に無くなることはないのです」 声が消えると、ごおっと暖かい風が通った。 促されたように、私は顔を上げた。 頭上の桜が一輪咲いていた。 今年初めの花見を見つけた
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