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夏を制する者は受験を制す。
中学三年の夏休み、私は地元の進学塾が主催する夏期講習会に参加していた。市内にある私立高校の校舎を借りての講習会、エアコンのない教室では生徒も講師も汗だくになって難問に挑戦していた。
それでも熱中症にならずに済んだのは全開の窓から吹き込む風おかげだったが、その風は爽やかさだけでなく教室のすぐ向こうにあるプールで日々練習に励む水泳部員の号令までも運んできた。
「それにしても、うるさいなぁ」
講師はぼそりとそう言うと教壇側の窓を閉める。しかしそんなことは気休めにもならなかった、なにしろ他の窓は開けたままなのだから。
朝から続いた授業が終わるのが午後の三時半、校舎を出ると右手にもう誰も居なくなった教室を、左手にプールを囲む金網を見ながら私は帰路に就く。そのプールではまだ泳ぎ足りない部員たちが自由に練習を続けていた。
彼らが身に着ける競泳タイプの水着はみなビビッドなカラーだった。
スクール水着とは違うんだ、そんな彼らのプライドと熱意が微かな風に乗ってプール特有のカルキの匂いとともに伝わって来るようだった。
ここは中堅クラスの進学校、今では真っ黒に日焼けした部員たちもかつては受験生だったのだろう、そんなことをぼんやりと考えながら歩いていたそのときだった。目の前の金網の向こう、すぐ目の前で一人の女子部員がプールから顔を出した。
彼女が両腕に力を入れると鍛えられた上腕に筋肉が浮かび水着に包まれた上半身が現れるはずだった。
まさか……裸? 彼女は、裸なのか?
不意を突かれた私はその姿をもう一度見直した。
するとそこにはブラウンの競泳水着、他の部員たちと同じく真っ黒に日焼けした身体に張りついていたそれは、その色と肌の色が同化してあたかも裸のように見えたのだった。
水から上がった彼女の姿は魅力的だった。無駄のない、しかし痩せぎすではない身体に張りつく皮膚と同色の水着はそろそろ傾きかけた日差しの中で濡れた光沢に包まれていた。
薄い生地が見せる曲線と陰影に私の目は釘付けになった。窮屈そうな胸に浮かぶ小さな影、脇腹の滑らかな曲線から下に目を向けるとそこには水泳の授業で着るのとは異なるハイカットのVラインと引き締まった尻の膨らみがあった。
正直それは、衝撃的だった。
頭の中に響き渡る早鐘のような動悸、夏の暑さとは違う汗が噴き出しているのがわかる。
まずい、このままでは気付かれる。
しかし焦る心も虚しく私は目を逸らすことができなかった。
そしてついに彼女と視線が合う。
すると彼女はまるで異質なものを見るような目で私を一瞥すると速足でプールサイドの向こうに去っていってしまった。私は彼女の後姿を目で追っていたものの、しかし、えらくバツの悪さを感じてその場から早々に立ち去ってしまったのだった。
その晩の私は勉強などまったく手に付かなかった。頭をよぎるのは午後の日差しに映える競泳水着姿の彼女、焼けた肌と同色の水着のサイドにはオレンジ色のラインが走っている。それが描く滑らかな曲線が身体の線を露わにしていて、そんな姿を無防備に晒している様に得も言われぬ興奮を覚えていた。
それはまさに欲情そのものだった。
勉強に集中できないまま私はベッドに横になった。そして気がつくと私の右手は本能的にむずむずと落ち着かないその部分をまさぐり始めていた。
それは私にとって生まれて初めての行為だった。
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