ター子の競泳水着 ~ フェティッシュ・ヴァリエーション:Case03

4/9
前へ
/9ページ
次へ
 夏休み、私は彼女の家に足繁く通った。常に教科書やノートを入れたバッグを携えている自分を両親も笑顔で送り出した。  彼女の住まいはターミナル駅からひとつ隣の駅前のそのまた場末にある飲食店街にあった。バラック建築の長屋の一軒、くすんだ看板のスナックがそれだった。母ひとり娘ひとりの母子家庭、母親は夫が残したお金を元手にこの小さなスナックを開いて娘を育てていたのだった。  店のフロント脇にある黒いメラミン合板のドアに呼び鈴はなかった。傍らにある小さな郵便ポストには滲んだ文字で彼女の苗字があった。  私は周囲に気を遣いながらそのドアを軽くノックする。  するとサンダルをつっかける音ともともに「は――い」と言う声が聞こえた。それは紛れもなく彼女の声だった。  小さな玄関から上階(うえ)に続く階段、彼女は母親と二人でこの店の二階に住んでいるのだった。 「お母さんが店の奥で寝てるから上に行こ。あたしの部屋だけど」  通されたのは二間続きの部屋、彼女の部屋、と言うよりもスペースは、奥の窓辺の一角だった。古ぼけた学習机に本棚、それとテーブル代わりのコタツがあった。  初めて通されたその部屋はあまり女の子っぽくなかったが、私にとっては十分に新鮮で、とにかくその日は緊張で落ち着かず、しかしそれを悟られまいとやたらと饒舌になっていたことをハッキリと覚えている。  こうして私たちは彼女の部屋の小さなコタツに寄り添うようにして毎日のように過ごした。彼女の母親も薄々気付いていたのかも知れない、昼過ぎまで店の奥で仮眠をとって夕方からは仕入れと称して買い出しで家を空けるのが常だった。なので私たちは毎日、下階(した)で母親が仕込みを始めるまでの間、ほぼ一日中二人きりで過ごしていた。  初めのうちは勉強と雑談が半々だったが、学校での出来事や互いの身の上話に終始するようになるまでにそう時間はかからなかった。  彼女の名は武子と書いて「たけこ」と言った。その名を嫌いだと言いながら彼女は名前の由来を話してくれた。  それは父親だった人がつけた名前、彼は男の子が生まれてくるものだと思い込み、名は「武士」あるいは「武」と書いて「たけし」と読ませるのだ、と決めつけていた。しかし生まれて来たのは女の子、彼にとってそれはまったくの想定外だった。そして生まれて来た子に付けた名が「武子」だった。  彼女曰く、小学校では「タコ」、中学校では一部の男子生徒たちから「ブー子」と呼ばれてからかわれていたそうだ。  そんな話を聞いた私は彼女を「ター子」と呼ぶことにした。その呼び名に彼女は少しはにかんだ顔で小さく頷いた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加