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「ちょっとあっち向いててくれるかな」
背後に聞こえる衣擦れの音に混じってゴムが肌を叩くパチンという音が聞こえた。そして彼女の「いいよ」の声、私は恐る恐る振り返った。
果たしてそこでは以前に身に着けていたものであろう少し旧いデザインの競泳水着を着けたター子が恥ずかしそうに微笑んでいた。
女性にしては骨太かと思わせる肢体は水着だけになると思いのほかスラリとしていた。
成長期に水泳で鍛えられたであろう広めの肩から伸びる上腕は十分な筋肉がついていた。胸の膨らみから続くボディーのラインはスッとくびれたプロポーションで、これもまた筋肉質ではあるがスラリとした足が伸びている。
使い込んで少しばかり色が褪せた紺色の水着が見せる色黒の肌とのコントラストはあの夏の光景とはまた違った質感を演出していた。
見慣れた茶色の瞳とそばかすの顔がやさしそうに私を見下ろしていた。
同時に褐色の肩に食い込む細い肩紐から続く懸垂曲線のような胸元が否応なしに私の目に飛び込んで来る。張り裂けそうな生地の光沢が微かに浮かぶそこには決して小さくはない二つの膨らみが、そしてその頂点には水着の締め付けに抗うかのように一対の小さな蕾がその存在を主張していた。
やられた!
それはまるで頭をぐわんぐわんと揺さぶられるような衝撃だった。
私にとってトラウマとも言えるあれは金網で隔てられた向こう側のことだった。だが今は違う、手を伸ばせば触れることができるくらいすぐ目の前にそれがあるのだ。
触れてみたい、さわってみたい。
でもそれをしてはいけないと思った。ター子がここまでのことをしてくれたなんて自分には十分過ぎることなのだ。とにかくこの姿をしっかりと目に焼き付けておくのだ、それだけでよいのだ。私は自分自身にそう言い聞かせた、必死に、とにかく必死に。
するとター子はいつもそうするように、私の隣に寄り添って座ると身体をあずけるように私の肩にもたれかかってきた。
ター子の微かな息遣いが聞こえた。触れ合う肌を通して彼女の鼓動も伝わってくる。それは私と同じくやけに速いリズムを奏でていた。
こうしてその日の私たちは何をするわけでもなく、いつまでも、ただただふれあうだけの時間を過ごしたのだった。
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